“傷天”や“前略”から受けた影響は、言うまでもなくばかでかい。
「祭ばやしが聞こえる」も「死人狩り」もリアルタイムで毎週見ていた。
そういう世代であり、当然のことながら“役者としてのショーケン”への思い入れは大きくある。


だが、僕にとってはそれ以上にヴォーカリストとしてのショーケンの存在がでかいのだ。
僕にとって、萩原健一は第一にライヴ・アーティストなのである。


アルバムで最初に買ったのは78年の『Nadja2~男と女』だったが、なんといっても決定的だったのは79年の『Nadja3~エンジェル・ゲイト』。
新譜として出たばかりのときに池袋パルコのレコ屋で買ったんだが、名曲揃いのこのLPにとにかくやられた。


NadjaIII-Angel Gate+1(紙ジャケット仕様)/萩原健一

そしてライヴを観に行ったのだ。
柳ジョージとレイニーウッドがバックを務めた……そう、のちに『熱狂雷舞』のタイトルでライヴ盤になったコンサートを。
(このときのショーケンの衣装を、のちに優作さんが真似て『探偵物語』に使ったって話はそこそこ知られてますかね)
熱狂雷舞/萩原健一

以来、ライヴをやれば必ず観に行った。
この時期といえば、RCがロックバンド化してライヴ王になっていった頃とも重なっているのだが、僕はRCとチャーと泉谷とショーケンのライヴは東京であれば必ず観に行ってた。

この時代、日本で一番かっこいいバンドはRCだった。
が、DONJUAN(この頃からのショーケンのバンド)は、僕のなかではRCに匹敵していた。
「一番好きなバンドは?」
この頃そう訊かれたら、僕はRCと答えるべきかDONJUANと答えるべきか迷っていた。


そのくらいショーケンのライヴは凄かったわけだが、残念ながらその感覚は、当時実際にライヴを体験した人じゃないとわからないだろう。


印象に残っているライヴはいくつかあるが、例えば西武球場のなんかのイベントに出たときの強烈さはとりわけ忘れられない。
確か大トリがDONJUANだったのだが、その前に誰だったか忘れたが人気のあったアーティストが出て、観客の多くはそれを観終えて帰り始めていた。
大雨が降ってもいたからだ。
そんな状態のなか出てきたショーケンは、「帰んじゃねえぞぉぉぉ」と何度も叫びながら雨でビショビショのステージを右に左にとスライディングしまくって転げ回っていた。
まるで狂ってるようだった。
めちゃくちゃロックだった。


まあ、その頃から「吸ってた」ってことは、数年前に出た「ショーケン」本で読んで、そっかって思ったりもしたんだけどさ。


とにかくショーケンのライヴはそんな感じでずっと追いかけていて。
85年の夏のオープンシアターEASTでひとまずライヴはこれが最後ってな宣言をショーケンはするわけだけど。
90年には久々にBunkamuraシアターコクーンでライヴがあって、そのときは僕、「any」っていう情報誌の編集をやってたときで、なんとインタビューをすることができたのだった。


インタビューの前日、ドキドキしながら夜ずっとショーケンのレコードを聴き返して、久々のそのライヴで歌ってほしい曲を勝手に選んだりなんかして、自分なりにセットリストまで作っちゃって(笑)
それ持ってって、インタビューの場でショーケンに見せたですよ。
そしたらショーケン、
「それ、オレにくんねーかな?」って。
もうねぇ、嬉しくてねぇ。
そのライヴ観ながら、「あ、この曲、僕がリクエストしたから歌ってくれたのかな、そうだ、そうに違いない」ってなふうにひとりごちたりしてたもの。


とまあ、そのくらい思い入れの強かったロッカーとしてのショーケンだったんだが。
やがて歌を封印し、だんだんとこう……ねぇ?!

なんていうか、残念な感じになっていっちゃったところがあり。


で、あれはもう5~6年前だったっけ?(もっと前?)
相当久しぶりに渋公でライヴをやって、それももちろん観に行ったわけだが、あれは正直、僕と友達はガッカリしたものだった。
とにかく声が出てなくて、裏返りまくってて。
存在感はやっぱりあったし、尭之さんやミッキーが嬉しそうにしてたのはよかったんだけど、なにしろショーケンの声の出てなさ加減が観ていて辛かった。


そしてそのあとはといえば……ああいうことになってっちゃったわけだけども。


だがしかし、ショーケンは死なず。
去年あたりから徐々に動きが出てきて。
映画復帰もあったりして。


そして今週。
萩原健一 トーク&ミニライブ ANGEL or DEVIL。
こんなものが行なわれることを僕は朝日の夕刊で知り、すかさず19日のほうの席をおさえて、ドキドキしながら会場に向かったのだった。


って、前ふりが長すぎんだろ、オレ。
すいません。ライヴの感想は次回!





昔のチケットをとってある箱を探してみたら、こんなん、出てきました。

よく探せばもっとありそうなんだけど…。
「怒るくらいなら泣いてやる」
↑これが79年の『熱狂雷舞』のときのやつかな。


「怒るくらいなら泣いてやる」

↑これは何年だろ、たぶんDONJUANライヴとして盤になったときのものだと思う。


「怒るくらいなら泣いてやる」

↑82年のDONJUAN、日比谷野音ファイナル。

「怒るくらいなら泣いてやる」
↑83年の武道館。オープニングアクトに出たのがハウンド・ドッグとジョー山中っていう。


「怒るくらいなら泣いてやる」

↑DVDにもなってるEASTのライヴ。「これが最後か!!」ってなタイトルでした。

「怒るくらいなら泣いてやる」

↑90年にシアターコクーンでやった久々のライヴ。





http://www.youtube.com/watch?v=vPNtByS6rRU&feature=related

↑今、なんかあるかなと思ってYouTube検索したら、こんなのまであってビックリ。

79年のニューイヤーロックフェス。

もちろんこれもナマでかぶりつきで観ましたぜ。

ジョーちゃんのギターもしびれるわぁ。


ところで最近、「大阪で生まれた女」をヒップホップふう(あくまでも「ふう」ね)のトラックに乗せて若い女性が歌ってるやつをたまたま聴いたんだけど、ありゃひどいねぇ。

大袈裟じゃなく、まじで吐き気がしたわ。

冒涜だよ冒涜。

許せねぇ。