昨日のNHK『SONGS』、出演はアリス。
また3人で始めたようだ。


アリス。
実は……中学生の頃、夢中で聴いてました。
大好きでした。
RCの前に好きになったのは甲斐バンドで、その前に好きだったのがアリス。
間違いなく青春の……いや青春手前の1ページ。


まさに「夢中」って言葉が相応しく……セイヤングは「天才秀才バカ・シリーズ」だけじゃなくてほかのコーナーも丸ごと録音してたし。
ポスター、部屋に貼ったりもしてたし。
「guts」(って音楽雑誌があの頃あったんす)のモノクロのグラビア、カードケースに入れたりもしてたし。
ええよ、わろとけわろとけ。
そんな歳やねん。


といっても、あれっすよ。
好きだったのは「冬の稲妻」でブレイクしたちょっとあとぐらいまで。
アルバムで言うと『アリスⅤ』が自分の中のピークで、『アリスⅥ』は聴いたけど、そこまで。
75年から77~78年くらいまでね。
ハンド・イン・ハンドとかやりだしてから辛くなって離れました。
だからホント、中学の3年間だな。


でも、僕がライヴってものを好きになったのは間違いなくアリスのおかげであって。
ハンド・イン・ハンドとかやりだして大袈裟になる前……や、もっと前の一般的なブレイク前のアリスのコンサート(ライヴって言い方はあんまりしてなかったな)は本当にエンターテインメント性に満ちていたのだ。


で、まさしく僕が生まれて初めて観に行ったコンサートというのが、アリスだったんです。
正確に言うと、「アリス、バンバン、ジョイント・コンサート」。
場所は神田共立講堂。
中1のじゅんちゃんは母に連れて行ってもらったものでした。


「怒るくらいなら泣いてやる」
チケット、取ってあんの。33年前かぁ、これ。



ここで昨日の『SONGS』の話。
いや、別に今さらときめいて見たわけでもなく、なんとなくチャンネル合わせたってくらいだったんだが。
まいったね。
僕が好きだった頃の映像たくさん流してた上に、3人の思い出の場所として訪れたのが……神田共立講堂!
まさしく僕が初めてコンサートを観に行った場所。
僕と母にとっても思い出の場所。
まさかここが映るとは。
鳥肌たった。


アリスの3人、ステージから2階席を見上げて、「こんなにせりだしてたんだねー」とか言って懐かしがっていた。
僕と母はその2階席で観てたもんです。


余談ながら、神田共立講堂は1976年にその使命を終えることに。
「神田共立講堂・最後の日」と題して、朝の9時から夜の9時まで12時間のライヴ・ショーをやったのは、ダイナマイト・ポップス時代の泉谷しげるでした。
これは行ってないけど雑誌の記事に載ってたのを読んだ記憶がある。
J.D.サウザーも出てましたね。


話を戻すと、その“神田共立講堂とアリス”っていう絵にやられて、僕の記憶は一気にあの頃へ。
だもんだから、久々にちゃんと聴いた「今はもう誰も」や「帰らざる日々」の響いたこと。


「怒るくらいなら泣いてやる」
これもよく覚えてるなぁ。




でね。
ベーヤンがチンペイさんと出会った頃の話とかして、60になってまたやれるのが本当に嬉しい…みたいなこと言って、そのときベーヤン、泣いてたの。
なんか、ふいを突かれてグッときてる自分に自分がビックリみたいなヘンなことになっちゃったよ。
番組が終わってから、電話で母と20分話したさ。


っていうことを、このブログでさぁ、
昨日はザ・たこさんの新作『ベターソングス』(略してベーソン)の記事書いてたのに、その翌日はアリスの記事って、そりゃさすがに飛びすぎだろと思って、書くのどうしようかとも考えたんよ。


そうしたら。
ザ・たこさんのウェブサイト内にあるブログで、安藤さんがこの『SONGS』のアリスのことを書いてるじゃあーりませんか!!

http://blog.the-takosan.com/


そして、こんな一文も。


RCではなく、アリスを通過したからオーティスを好きになったという事を思い知った。


おおおおおっ。
繋がったぁぁぁぁ。


アリス・泉谷・RC・オーティス。
これで朝まで呑めそうだ。



アリス・ファースト・ライヴ!(紙ジャケット仕様)/アリス

行っちゃおっかな、今度の武道館。


ところで、キンチャンの素晴らしいソロ・アルバム『パラエティ・ツアー』はCD化されないんだろうか。