昨日の『相棒』、薫ちゃんの去り方は賛否両論あったと思うが、去り際の右京さんとのやり取りをあまり感傷的なほうに持っていくことなく、薫にとっても前向きな旅立ちだったことが短い場面ながらも印象的に映されていて、僕はよかったんじゃないかと。
で、右京さんとの別れをさらりと描いた分、米沢や伊丹との最後のやりとりで泣かせる、っていうあたりが「男気」をよーくわかってる和泉聖治ならではと言えるか。
さて、次なる相棒は? 予告編でチラッと映った田畑智子?
知性派と若い女性って、もしそうだとしたらそれじゃ『ガリレオ』やなぁ。
12月17日(水)
渋谷・Bunkamuraオーチャードホールで、スティング。
*この公演、本日を含めてまだ数回あります。
これから御覧になられる方にはネタバレになってしまうので、この先は観終わってから読まれたほうがよいかと…。
2006年にリリースされたアルバム『ラビリンス』を再現するコンサート。
これ、リリースからもう約2年が経っているわけで、つまり僕がこれを聴いていたのは2年前だったので、今頃?という感も否めなかったのだが、まあ、あのあとスティングは真逆の活動(ポリスのこと)に振り切っていたわけだし……。
で、ポリスでロック衝動に忠実な肉体的表現を思い残すことなくやり切ったことによって、またこっちの表現にきちんと決着をつけたくなったということなのかもしれないですね。
反動に正直な人だから。
念のため書いておくと、『ラビリンス』は16世紀英国の作曲家にしてリュート奏者であるジョン・ダウランドの作品を、スティングが現代リュート奏者の第一人者であるエディン・カラマーゾフと共に録音したもの。
物語性を汲んだ流れのある作品なので、今回のコンサートでも「手紙」を読む部分含め、(多少は変えているものの)基本的にはアルバムに沿った曲順・構成だった。
コンサートはまず、ロンドンの男女混成8人組(男性4人女性4人)の無伴奏コーラスによってスタート。
ここにあとからスティングが加わって……という展開かと思いきや、そうではなく、4曲ほど歌い終えたところで8人はステージから去る。
で、アナウンス。「第一部の公演を終了します」。
ありゃっ? そうなの? っていう。
そして休憩を挿み、第二部がスタート。
さすがにポリスのときとは違って、いかにも英国紳士的な正装でのスティング、そしてエディン・カラマーゾフがステージに登場した。
スティングのヴォーカルは抑制された実に丁寧な表現で、詩情豊か。
素晴らしかった。
ポリスや自身のロック曲においてはときおりシャウトなどがキツそうに思えるところがあったものだったが、そういう意味で今回のような歌曲のほうが年齢に見合った歌唱表現ができるということなのだろう。
音的にも伴奏は基本的にエディンのリュートのみ、またはエディンとスティングのふたりのリュートのみということになるので、必然的にスティングの歌声の表情が際立つことになる。
当然のようにスティングも、これは自身のヴォーカル表現が肝になっているものだと覚悟を決めているので、それ相応の歌に対する集中力で臨んでいる。
そのことがよくわかる歌唱表現であり、僕は改めて「歌手・スティング」の魅力を再発見できた気持ちになった。
何曲かでは第一部に登場したコーラス・グループが加わる。
エディンは3つのリュートを弾き分ける。
スティングのリュート演奏もいい(こんなにこの楽器を弾けるとは……。相当熱心に練習したんでしょうなぁ)。
そんなふうに多少の変化はつけつつも、基本的には静かに淡々と進行していく。
趣としてはクラシック・コンサートのそれなので、ロック慣れした人たちにとってはちょっと寝てしまったという場面もあったことと思う。
ってか、ゴメンナサイ、僕もちょびっと……。
本編と変わり、アンコールではビートルズの「イン・マイ・ライフ」、それに自身のオリジナル曲「フィールズ・オブ・ゴールド」、さらには「メッセージ・イン・ア・ボトル」も演奏された。
サービス・コーナーとも言えるようなこのあたりは、さすがにスティングもジョン・ダラウンド楽曲に比べるとずいぶんリラックスして歌っていたよう。
当然、お客さんもこのへんで沸く。
いい意味で、気持ちがほぐれるような感覚。
で、場内、スタンディングオベーション。
さらにアンコールがあり、今度はロバート・ジョンソンの「ヘル・ハウンド」なんてのも。
エディンのリュートはブルーズ・ギターみたいな音も出したりして、なんだか彼も楽しそう。
スティング、アンコールで出てきたときには「もういっかい」なんて日本語で言ったりもしてましたね。
で、鳴りやまない拍手をあび、最後はさらに「さくらさくら」。
まあ、これはご愛敬といった感じの演奏だったけど(笑)
繰り返すけど、とにかく僕的にはスティングの歌唱表現の魅力を再発見できた…っていうあたりが肝。
あと、クリスマスは本来厳かなものなんだよなと思いだせたこともよかったかな。
だって帰りの渋谷の浮かれた人の波といろんなところにある派手な電飾がなんかうるさすぎるんですもの。
