前の記事の続きです。



12月11日(木)・12日(金)


水道橋・JCBホールで、シェリル・クロウ。


前回書いた通り「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」がかかって客電が落ち、いよいよ開幕。
まず登場したのは、バンドではなく、主役のシェリルひとり。
スポットがあたり、弾き語りで「ゴッド・プレス・ディス・メス」。


続いてバンドが加わり、ドラムの頭のズダンっという音に導かれるように「シャイン・オーヴァー・ザ・バビロン」。
そして、リラックスした「ラヴ・イズ・フリー」。

つまり最新作『ディトアーズ』の頭3曲そのままの曲順だ。
改めて、いい流れであるなと感心。


で、4曲目は2ndからのヒット曲「ア・チェンジ・ウッド・ドゥ・ユー・グッド」。
前回の武道館のときにはやたらとハデで大袈裟なイントロになってて、つまりあのときのひとつのハイライト的な役割を果たしていた曲だったわけだけど、今回はオリジナルに近い感じに戻してわりとサラリと披露(でも、カッコイイ!)
「チェンジ」=変革を唱えて当選したオバマへの思い、アメリカへの思いもここに込めて歌っていたんだろうな、ってなことを思ったりもしたな。
そういえば11日のほうでは、ブッシュ政権が終わってオバマに代わって嬉しいといったようなことを「ディトアーズ」を歌う前に話してもいたしね。


ってな具合に1曲1曲書いていくととめどもなく長くなるので、ここで全体を振り返ってみると、今回もっとも多く演奏されたのは、もちろん最新作『ディトアーズ』からの曲。
当然ですね、『ディトアーズ』のツアーなんだから。
で、そこからは先に記した頭の3曲に加え、「モチヴェイション」「ガソリン」「ディトアーズ」「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」が演奏された。
つまりこのアルバムから全部で7曲。


でね、このアルバムの(ボートラを除いた)14曲中、逆に歌われなかった曲にはどんなものがあったかというと「ナウ・ザット・ユーアー・ゴーン」「ダイアモンド・リング」「メイク・イット・ゴー・アウェイ」「ララバイ・フォー・ワイアット」なんかがあったわけで。
これらは婚約解消の傷みとか乳がんの手術のときの恐怖とか迎え入れた養子への思いとか、そういうとてもパーソナルな歌たちで。
そのあたりから僕が思ったのは、やはり私的な部分での傷みとか思いとかを直截に表現した曲というのは、ライヴで繰り返し歌うのは本人にとっても辛かったりするんだろうな、と。
歌われたほうの曲たちは、もっとこう世界に対しての物言いだったり普遍性が高かったりする曲ばかりだったからね。
そのあたりに女心を感じたりもしました。


で、『ディトアーズ』からの7曲以外に歌われた曲はというと、2ndからは「ア・チェンジ・ウッド・ドゥ・ユー・グッド」と「イフ・イット・メイクス・ユー・ハッピー」と「エヴリデイ・イズ・ア・ワインディング・ロード」の3曲。
3rdからは「マイ・フェイヴァリット・ミステイク」1曲のみ。
4thからは「スティーヴ・マックイーン」と「ソーク・アップ・ザ・サン」の2曲。
このあたりはどれもヒット曲・代表曲なので、まあ、予測の範疇内でしたが。
では『ディトアーズ』の次に多く選曲されてたアルバムはというと……これが1stなんですね。
「リーヴィング・ラス・ヴェガス」「ストロング・イナフ」「アイ・キャント・クライ・エニモア」「ラン・ベイビー・ラン」「オール・アイ・ウォナ・ドゥ」、それに11日にはやらなかったけど12日にはやってくれた「アイ・シャル・ビリーヴ」。
なんと1stから6曲も!
その一方、5thの『ワイルドフラワー』からは1曲も選ばれていなかったっていう。
(さらに言うなら、一時期USツアーなどでよく歌われていた「ザ・ファースト・カット・イズ・ザ・ディーペスト」や「レッツ・ゲット・フリー」なんかもなし。「ザ・ファースト・カット・イズ・ザ・ディーペスト」は歌ってほしかったんだがな~)


こうした選曲からは、今のシェリルの気分というのが、実にわかりやすく伝わってきますね。


まず、最新作『ディトアーズ』と同じくらいデビュー作からの曲をたくさん歌ったということ。
これは『ディトアーズ』のライナーなどでもさんざん僕が書いてきたことだけど(この機会に読み返していただけると嬉しいです!)、要するに『ディトアーズ』というのは彼女にとっての原点回帰作で、その原点がどこにあったかといえば、まだ商業的な成功についてのことなどたいして考えずにただ楽しんで音楽をやっていたデビュー作にあったわけで、つまりデビュー作『チューズデイ・ナイト・ミュージック・クラプ』と最新作『ディトアーズ』は繋がっているものであると。
同じビル・ボットレルがプロデュースしたというところもそうだけど、もっと精神的な意味においてこの2作こそがシェリルのもっとも純粋な音楽表現であり、それが今の自分のモードなのだと。
そして、商業的な成功などは無関心なままに作ったデビュー作にこそ、彼女自身にとっても意外だったのかもしれないけど、例えば「アイ・シャル・ビリーヴ」のようにとても普遍的で今というこの時代にこそグッと心に響く歌が多く収められていて、だからそれらの歌を大切に歌っていきたいのだと、そういう思いにここしばらくのシェリルはなっていたんじゃないか。


チューズデイ・ナイト・ミュージック・クラブ/シェリル・クロウ



それからもうひとつ。
今回選ばれた歌の中には、ダークなものがないんですよね。
けっこう明るい曲だったりロックめの曲だったりアンセム的な曲だったりが多く選ばれていて、静かにじっくり歌われる曲はといえば「リーヴィング・ラス・ヴェガス」と「ディトアーズ」と「アイ・シャル・ビリーヴ」ぐらいのもの。
それにしたって、じっくり歌われはするものの暗いトーンではない。
マイナー・コードの曲ではないわけです。


例えばパワフルという印象が強くあった前回の武道館公演にしたって「ザ・ディフカルト・カインド」とか「ホーム」とか「ウェザー・チャンネル」といったマイナー調の曲がけっこう歌われていたわけだけど、そういうトーンの曲は今回一切なし。
だからさっきも書いたけど『ディトアーズ』からにしたって「メイク・イット・ゴー・アウェイ」みたいなタイプの曲はやらなかったし。
『ワイルドフラワー』もアルバム全体がかなり内省的だったから、そこからも1曲もやらないということになったわけだ。


これはもちろん偶然なんかであるはずがなく、シェリルが意識的にそうしていること。
つまり、気持ちが重く沈みこむような歌は今は歌いたくない、みんながいい気分になる曲だけを今は歌っていきたいのと、そういうモードで今のシェリルはいるということだ。


「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」が今回のテーマ・ソング的なものだったということや、「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」をハイライト的な位置に配して目立たせたこと、それに「ソーク・アップ・ザ・サン」のようにスカッと明るい曲をラス前のいいところに持てきたことも、そういう意図があったんだろうなと。
言うなれば、今回のショウは「雨の日」モードなどではなく、完全に「晴れの日」モードだったということなんですね。


それはどういうことかと言えば、いろいろあったけどこうして元気に歌っている私を見てほしい。そしてみんなも明るくポジティヴに行ってほしい。そういう彼女の願いがそのまま出ていたということでもあって。

そう、そんなことを感じさせてくれたこともあって、僕は今回が今まで観た彼女のライヴの中で一番いいものだったと思ったわけなのです。


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以下、そのほかの雑感をいくつか。


東京初日と二日目で大きなセットリストの変更はなかったものの、先にも書いたとおり二日目のみ(あ、大阪でも歌ったらしいけど)アンコールで「アイ・シャル・ビリーヴ」を歌ってくれて、ああ二日目も行ってよかったなと思った。


また、5曲目から8曲目(「リーヴィング・ラス・ヴェガス」「ストロング・イナフ」「アイ・キャント・クライ・エニモア」「スティーヴ・マックイーン」あたり)の曲順を東京初日と二日目で微妙に入れ替えていたが、僕的には二日目の流れのほうがしっくりきた。


「アイ・キャント・クライ・エニモア」の間にジョニー・ナッシュの「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」を挿んだことは昨日も書いたが、さらにもう1曲。
「ガソリン」の後半からそのまま歌い出したのが、ストーンズの「ギミー・シェルター」で、うきゃあっ!!
僕は新作の中でも「ガソリン」は彼女のロック好き・ストーンズ好きなところがもっともわかりやすく表れているから大好きで、「ラヴ・イズ・フリー」よりもいっそ「ガソリン」をリード曲にしたほうが日本では売れたんじゃないかと思っていたりする。
で、そういえばこの曲を聴いてNYでシェリルに取材したときに、「ギミー・シェルター」みたいですよねと僕は彼女にも言ったのだ!
ストーンズっぽいと言われることは彼女にとっては褒め言葉なので、彼女は「でしょー」なんて言って笑ってましたけどね。


いやそれにしてもこの「ガソリン」から「ギミー・シェルター」の流れにはしびれた。
ぞくぞくした。
因みにライヴにおいての「ガソリン」のイントロ部分は、ギターがサンタナっぽくもあり。
そこで僕が思い出していたのは、Superflyのライヴにおける「孤独のハイエナ」だったりもしたんだけど……。

わかるかな? Superfly好きの人だったらわかってもらえると思うんだけど。


で、こういうふうにオリジナル曲から自分がいろいろインスパイアされたアーティストのカヴァーへと続けるのがシェリルは好きで、前回の武道館のときには「ア・チェンジ・ウッド・ドゥ・ユー・グッド」からザ・フーの「アイ・キャント・エクスプレイン」へと繋げて歌ったりもしてたもんでした。


それからその武道館のときには最後にツェッペリンの「ロックンロール」を歌っていたけど、今回のアンコールの最後の最後に歌われたのはスティーヴィー・ワンダーの「ハイアー・グラウンド」(レッチリのカヴァーも有名な曲ですね)。
意外なようで、けっこうはまってた選曲でした。


また、オリジナル曲の中で僕が特に興奮したのは、「ガソリン」と、それからなんといっても「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」。
この「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」は今回のハイライトでもあり、これもまた今回のテーマ曲と言ってもいいものだったんじゃないかと思う。


まず昨日も書いたが、演奏面ではドラムとパーカッションがこの曲で激しく叩きあい、それは少しだけバイーアあたりのリズムに近いものにもなってて、とっても肉体に訴えかけてくるものだったということ。
それと、歌詞。みんなにも歌わせたあのサビの部分ね、特に。
あの部分の歌詞はこのようなもの。

「もし私たちが頭で考えることを……、頭で考えること(筆者注:先入観のことですね)をやめて心で感じるようになれさえしたら……」


もう、今回のライヴを観てからずっとこのフレーズが僕の心の中をグルグルグルグル回っている。
これ、大好きなフレーズだなぁーー。


因みにこのアンセムは、オバマの変革に賛同し、その政治運動からインスピレーションを与えられたアーティストたちの曲を集めた企画盤『イエス・ウィー・キャン:ヴォイセズ・オブ・ア・グラスルーツ・ムーヴメント』にも収録されてたりもしてます。


あとは古い曲で、やっぱり「ラン・ベイビー・ラン」におもいっきりグッときたな。
僕がシェリルを好きになったきっかけの曲であり、恐らく僕がシェリルの全楽曲の中で一番好きなのがこれだったりもするものだから……。


「走るんだ、ベイビー、走るんだ」


父親にそう言われた育ってきたシェリルはまさにデビューしてからずっと走ってきて。
でも人生にはいろんなことがあって立ち止まらなくならなくちゃならないことも起きて。
それからまたそういう体験をした上で、今また前へと歩きだしている彼女がいて。
そんな彼女が「ラン・ベイビー・ラン」とまた歌っているっていう。
そんなことを考えたらウルっときちゃいましたね。


まあ、そんな感傷的なところも含めつつだけど、とにかく明るいシェリルが今回のステージにはいて、それが本当に嬉しかったんです。
2日目の最後、このディトアーズのツアーのこれがラストってことで、スタッフなんかもステージに出てきてトナカイやらなんやらのカブリものつけて(シェリルはウサギの耳!)演奏した場面も、観ていてニッコリ・ホッコリさせられたしね。


ふ~っ。
分けて書いたのにやっぱ長いな、この文章。
これも僕の思い入れの強さだと思って、勘弁してくだせぇ(苦笑)


あと、最後にもうひとつだけ。
ヒット曲では盛り上がっても、『ディトアーズ』からの曲になると静かになっちゃうお客さんがずいぶんいたのが気になったぞ。
ちゃんと聴いてくださいよね、『ディトアーズ』。
傑作なんだから。
今からでも遅くないからね。


ディトアーズ/シェリル・クロウ