先週の火曜日にネヴィルズのライヴを観に行って、帰りはそりゃ呑んで語らずにはおれんと一緒に観に行ったS君と焼酎グイグイいって酔っ払い、しかし帰って3時間だけ寝て起きて店頭誌原稿3本と雑誌原稿1本をうりゃあっと書いて送信して15分で支度して……それでそのまま九州に飛んで、3泊4日、温泉での~~~んびり。
土曜の夜に家に戻ってきたんだが、世の中の連休ペースに我も身を任せ、とりあえず追い立てられる締め切りがなかったのをいいことにボケボケのダラダラくんで過ごしていたら今日がきて、久々にそんなに長く休んだものだから何やら時差ボケみたいに頭はボ~っ、カラダもヘナ~っ。ああいかんなぁと思いながらも午後にインタビュー1本やったらようやくシャキッとなり、正常モードを取り戻したことだし、ここらでちょいとあいてたブログの更新など軽くしとこうと今こうしてキーボード叩いているウチモトなのだった。


ニュースを見れば小室哲哉。
98年に立ち上げたRojamの失敗が転落に至ったきっかけだったと報じられている。
僕は過去一度だけ小室氏にインタビューしたことがあり、それがまさにそのRojamの立ち上げ時。
具体的にそれを通じて自らがやりたい音楽のことなど「音楽の」ビジョンについては実にわかりやすく目をキラキラ輝かせて前のめりに話してくれた一方、事業的な展開についてはなにか漠然としている印象を僕も訊きながら持ち、ああ、この人は根っからの純粋な音楽家なのだなと思ったことを覚えている。
それでもRojamの構想はあの時代ならばこういう人が抱いて然るべきものであり、その構想に少なからず胸躍らせた僕もいた。
あそこまで大規模に何億も投資してダーンとやるんじゃなく国内スタッフ中心にコツコツと年数かけてやったら面白い発展の仕方をしていたんじゃないかと僕は思ったりもするが、あの時点で既にそういう環境ではなくなっていたのがこの人の不幸だったのだろう。


さっきその時の雑誌の編集者Tさんと別件もあって電話で話したのだが、そういえばあれからもう10年。
Tさんはその頃と同じように毎日忙しそうに雑誌編集作業を続けながら好きな音楽に愛情をそそぎ、僕もその頃と同じように取材したり原稿書いたりしながら音楽についてああだこうだ言っていて、特に原稿料があがるでもなく展開が大きくなることもないのだが不幸などない。
小室氏の未来に純然たる音楽家生活あれ。