サザンの思い出話を書いたら、コメントのほかにも、歳の近い友達、しばらく連絡もとってなかった昔の友達とかからいくつかメールがきたりして、ああ同じ時代を過ごしているのだなぁー、それがひとつのグループの曲によって確認しあえるというのもなかなかのことだよなぁ、などと思い、そういう意味でもサザンの特別性を改めて感じた次第。
先週末は母がウチに来るというので、実家に置いてあった『熱い胸さわぎ』『10ナンバーズ・からっと』『タイニイ・バブルス』『NUDE MAN』『綺麗』の5枚のアナログ盤を持ってきてもらって(重いのに申し訳なかったんだけど)、久々に順番に聴き返してみたりしてたんだが、特に浴びるように聴いた最初の2枚とか、粗い音もさることながら、桑田さんの声が今より何倍もガラガラで、そういえばこの頃、僕は何よりこの声の質感に色っぽさを感じてやられてたんだよな、ってなことを思い出しもした。
いつの頃からか、そんなに極端には引っ掛かりのある声じゃなくなった気がするんだが、最初の頃は相当引っ掛かりがあってザラッとした異質なブルーズ声だったんだよね、桑田さんって。
当時、大木トオル・ブルース・バンドがけっこう鳴り物入りでデビューして、アメリカでならしてきた本物のブルーズ・シンガーがいよいよ日本で……みたいな煽りだったから、ほお~と思ってアルバムを買ってはみたけれど、聴いてみたら僕には桑田さんのほうが泥臭くてダミ声でインパクトとしても強烈じゃないかと感じられたことを覚えている。
さておき。
前回の記事で78年の九段会館でのデビュー・ライヴのことを書いたが、その翌年79年の「春五十番コンサート」(中野サンプラザだったよな)とか、同年秋の「Further on up the Road」(これもサンプラだったかしら? どこだったか忘れたな)とか、80年の夏に田園コロシアムでやった「サザンオールスターズがやってくるニャーニャーニャー」とかまではしっかり観に行っていた。
あと、「いとしのエリー」を新曲としてやってたからたぶん79年の夏だけど、江ノ島でやった「JAPAN JAM」っていうイベントがあって、TKO、ファイアーホール、サザン、ハート、ビーチ・ボーイズという順で出た、洋邦混合の…まあ今でいう夏フェスですが、それも観に行ったり。
その続編として横浜スタジアムで行なわれた「JAPAN JAM 2」……こっちはスペクトラム、サザン、カラパナ、アトランタ・リズム・セクション、チープ・トリックが出たんだが、それも観に行ったり。
JAM JAM なんとか っていう西武球場でのイベントにも確か79年か80年頃に出て、それも観た記憶があるな。
まあ、そんな感じで、初期はけっこう野外のフェスなんかにもサザンは出てたもんだったのでした。
↑これは横浜スタジアムでやった「JAPAN JAM 2」のチケット。
チープ・トリックとサザンが同じイベントに出てたっていうのがすごい。
アトランタ・リズム・セクション、好きだったな。
料金はSS席で4300円となってました。
この頃のほかのサザンのライヴのチケットも探してみたんだが、残念、見つからず…。
で、僕は81年からしばらくサザンのライヴから離れて、相当久し振りに観に行ったのが、しばらくの活動休止後、「みんなのうた」を出して復活した88年夏の、あれは確か西武球場。
あのとき最後のほうでやった「みんなのうた」の盛り上がりはけっこう印象に残ってたりする。
が、そこからまた10数年間はサザンのライヴには行かなくなってて、2000何年だかに東京ドームでやったのをヨメと観に行ったのがかなり久々だったのだが、そのときは席がよくなかったこともあってか、なぜか僕もヨメもどんなライヴだったかまるっきり覚えていない。こんなふうに書くとナンだが、「今も頑張ってる、昔好きだったバンド…」みたいな距離を感じたんじゃなかったっけかな。
あと、3年前の夏にはロック・イン・ジャパン・フェスに出たサザンを観た。
あれは楽しんで観ましたね。
やっぱり野外で観るサザンはいいなぁ、なんて、昔のことも思い出したりしながら。
因みに、盤としては、前回書いた通り『熱い胸さわぎ』は擦り切れるほど聴き、続く『10ナンバーズ・からっと』もやはり擦り切れるほど聴いた。
「奥歯を食いしばれ」は特に好きだったから、今回の日産スタジアムでこれが聴けたことには興奮したな。
「5 ROCK SHOW」と題して毎月のように立て続けに出したシングルも、どれも発売日に買ってた。
とりわけ「涙のアベニュー」は本当に好きで好きで、僕の中ではサザンの好きな曲ベスト3に入るくらいなんだが、今回のライヴの中で発表された、ファンが選んだサザンの好きな曲ベスト20には入ってなくて、ありゃ、そうなんだー、と軽く驚いたりも。
- 涙のアベニュー/サザンオールスターズ
で、そのあたりのシングル曲も収めた『タイニイ・バブルス』も発売日に買ってよく聴いた。
「タバコ・ロードにセクシーばあちゃん」が特に好きでした。
しかし、続く『ステレオ太陽族』は、それまでのアルバムほどには思い入れられなかった。
そして次の『NUDE MAN』はとうとう発売してすぐには買わず、あとで中古盤で買ったりしたのだった。
このへんでちょっと自分の中でサザンに対して距離を感じ始め、83年春のシングル「ボディ・スペシャルⅡ」は買ったもののほんの数回しか聴かなかった。
が。次のアルバム『綺麗』はまたしっかり出てすぐに買ったのだった。
なぜかといえば、ここからのシングルにもなった「EMANON」が素晴らしくて胸打たれたから。
「EMANON」も僕が好きなサザンの曲ベスト5に入るなー。
けど、これもファンが選んだベスト20には入ってませんでしたね。- ふーむ。
- EMANON/サザンオールスターズ
- ここで僕のサザン熱も一瞬、微妙に戻って、次の『人気者で行こう』もちゃんと買った。けど、それが最後。
『KAMAKURA』は友達に借りて聴いただけ。
そして90年代には完全に離れ、90年の『Southern All Stars』から98年の『さくら』までのアルバムは、実は未だに通して聴いたことがない。
アルバムとしては05年の『キラーストリート』で本当に久しぶりに聴いたというぐらい、90年代は僕はサザンから離れていたのだ(桑田さんのソロ・ワークは刺激があったのでそれなりに聴いてたんだけど)。
というようなサザン歴を持った僕も、今回の日産スタジアムはこの前もちょっと書いた通り、軽く泣けるほどに感動してしまった。
はい、次回、このサザン編、まとめます。
↑これ、「勝手にシンドバッド」にやられて入会し、「いとしのエリー」の段階で脱会してしまった“サザンオールスターズ応援団”の当時の会員証。
内本は16歳でした。