2月19日(火)
日本武道館で、ビョーク。
アリーナの前から6列目で、ほぼ中央という最良の席。
至近距離で見えるということ以上に、音の渦に入り込める感覚になれるのが嬉しい。
因みにチケットぴあでとったこのS席の料金は10200円。
ポリス@東京ドームの30000円のプレミアム席よりもステージとの距離感は遙かに近い。
実際、遠くのステージで歌い手が何かやっているというような“他人事感”は皆無で、僕は今鳴っているこの音の真ん中にいるのだという実感が持てた。
また、最後の大量の紙吹雪の演出も、その渦中に立つ者としてダイレクトに感じ入ることができた。
このようなことから、今更ながら改めて大会場におけるチケット料金設定についていろいろと考えてしまったりもするここ最近である。
開演前に流れていたのは、沖縄の民謡だったかポップスだったか。
カエルやらなんやらの絵が描かれた色とりどりの旗がステージ後方に垂れ下がっていて、その絵と音楽がエキゾチックなマッチングを見せる。
因みに公演終了後に流れていたのは、インドの民謡だかポップスだか。
『ヴォルタ』にもそんな音階を取り入れた曲があったが、このあたりのビョークの意図と意味性を知りたくなる。
始まって登場した今回のメンバーは、お馴染み、LFO(って、まだあるんですか?)のマーク・ベル(プログラミングなど)と、ダミアン・テイラー(プログラミングなど)と、クリス・コルサーノ(ドラムとパーカッション)と、名前はわからないけど音楽教師みたいなキーボーディスト。そして、10人ほどのブラス隊。
そのブラス隊は、全員女性だったかな。多分、ビョークと同じアイスランドの人たちなのだろうが、みなフォークロア調の衣装に身を包んでいる。
音の向きは違うけど、例えばブルガリアン・ヴォイスとかああいう合唱隊にも似た佇まい。
そして彼女たちの服のカラーをさらに鮮やかにした色の着衣を纏ったビョーク。そのフェイス・ペインティングもまた鮮やかだ。
マーク・ベルは、手元がハコのスクリーンに映ったりもするユニークな(未来的オモチャみたいな)機材を使用。
そのマークとダミアンの手による歪みもありのエレクトロ・サウンドが、ブラス・バンドのどこか牧歌的な音に混ざる(いや、拮抗すると言ったほうが合ってるか)。
つまりテクノロジーとブリミティヴな音との融合ということだが、それは単に1と1がくっついて2になるというようなことではなく、その混ざり合いが円状の音になる感じ。
その円の真ん中で踊って歌っているのがつまりビョークで、それはなんだか祝祭的なイメージだ。
新作『ヴォルタ』の曲は意外にそれほど多くなく、旧作からの曲もまんべんなく。
アレンジはどれもけっこう大きく変わっているが、本編最後の「Hyperballad」~「Pluto」の流れがとりわけ凄まじい。
特に「Hyperballad」後半のマーク・ベルの音のカオスは、この時間がいつまでも続いていてほしいと思えたほど。
80年代っぽくもあるレーザー光線がビシビシ飛び、ビョークは“糸をまきまき”みたいに腕を回しながらステージを跳ねて動き回っている。
んー、凄い!
とっても高揚してしまう。
やはりこの人はとてつもないパフォーマーであるなと感じ入ってしまう。
ここからかなり個人的な部分で書いておくと、僕にとってのビョークは、第一に素晴らしいライヴ・パフォーマーだ。
シュガー・キューブスを確か渋谷のクアトロで観て以来、ほぼ毎回、ビョークのライヴは楽しみに観ていて、ガッカリしたことは一度もない(あ、前回のライヴ8は観てませんでしたが)。
同じ場所で同じことをやらないという彼女のライヴは、毎回、必ず驚きと感動があり、そのこと自体に僕は驚く。
実を言うと、今回などは僕はちょっとなめていて……というか、そんなにワクワクしながら観に行ったわけではなかったんだけど、それでもやっぱり観といてよかったと心底思った。ノックアウトされた。
が、ビョークというアーティストにそんなに思い入れがあるかというと、それがそうでもない。
CDで言うなら、シュガー・キューブス時代からソロ・デビュー~2枚目ぐらいまではワクワクしながら聴いていた。
ソロ3作目『ホモジェニック』のときには初めてロンドンで取材もし、ゆえにこのアルバムには特別感もある。
“エモーショナル・ランドスケープ”という言葉は未だによく心の中に表われたりもする。
この作品が、僕にとっては彼女の頂点だ。
- ホモジェニック/ビョーク
が、例の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が僕には生理的にきびしくて、この頃から彼女に対する興味は急激に薄れていくことになった。
なのでアルバムも、『セルマ・ソングス』以降は聴く回数が減る一方。
やや暴言的かもしれないが、ざっくり言うと僕はポップ・ミュージックが好きってことなのだろう。
だから、遊びやユーモア、刺激の部分が薄まり、よりアートの方向へ進んでいったビョークは、アートとしての高質さに感心しつつも、どうも馴染めなかった。
生理として、繰り返しCDを聴く気になれなかった。
そのように離れていった感じは、僕の中ではUAのそれとも似ている。
僕がUAのアルバムの中で一番好きでよく聴いたのは『Turbo』。
それ以降、アート志向が強まるほどに、スゴイとは思いつつ、楽しむことができなくなって離れてしまったのだった。
ビョークに話を戻して、そういう彼女のここ数年の中で、『ヴォルタ』はようやくビートが戻ってきて、それなりに刺激的に聴くことができたアルバムだった。
が、まったく個人的な望みとしては、あれよりもっともっとハッチャけたアルバムを作ってほしい、それをここらでやってもいいんじゃないかと思ったりもする。
実際、ライヴでもハイパーだったり躍動的だったりな曲でもっとも彼女は生き生きしているように見えたし、観客の喜びもやはりそっち側の曲になるほど大きくなっていたのは確かなのだ。
だから……ねえ。
ラディカルであることとポップであることの共存をいいバランスでやってってもらいたいなぁというのが、僕の気持ちですね。
あと、終わって思ったんだけど、客層は決して若くない、っていうか、30代~40代ばっかで、20代の人とかは少ないのだな。
そうだよなぁ、気がつけばビョークもそれなりにキャリアを重ね、ファンも一緒に歳をとっているのだもんなぁ。
そんなことも改めて思ったりもしたのでした。
終演後、一緒に観に行ったヨメとタクシーで麻布へ向かい、イタリアン。
この日は僕の誕生日の1日前だったので、お祝いしてもらって、ゆ~っくりワインなんぞ飲みつつ……満腹の一夜なり。
