第49回グラミー賞から一夜明け、今朝いろんな人のブログとか見てたら、やはりディクシー・チックスに関する記事が多いですね。
そりゃそうか。
この結果、要は今のアメリカのブッシュに対する風当たりの強さが反映されたものだろうという見方は少なくなく、僕もある意味そう思います。
そういえば、アカデミー賞でノミネートされてるのも、ブッシュ政権に対して何らかの(直截的、比喩的と、表現方法はいろいろあれど)もの言いが根底にある作品が多いようだし。
アル・ゴアの『不都合な真実』とか。
そういえば、グラミーにもアル・ゴア出てたもんね。
だから今回のグラミーの受賞結果は、時代の流れというより、政治の流れと言ったほうがいいか、とも思ったりするわけで。
で、僕は昨日、率直な感想として、「アメリカって国の手のひら返し」っていう書き方をしたわけですが。
この「手のひら返し」を別の言い方に換えると、「辻褄の合わせ方」と言うことも出来る。
こうやって、グラミーやアカデミーといった国を挙げてのアウォードで、「今は私たち(アメリカのこと)、こういうモードですよ」と意識確認をしたり、「自由の国なんですよ~」「表現の自由をちゃんと重んじてるんですよ~」って世界に訴えたりして、バランスをとるっていう。
そういうことかな、と。
それとまあ単純に、ここ数年アメリカでの視聴率が落ちまくっているグラミーにとっての話題作りっていう見方が出来るってところもあるかな。
あのモーメント・オブ・グラミーの導入なんか見てると、アメリカン・アイドルの手法の取り入れ方は音楽界の裾野を広げるためというより、どうしてもアメリカン・アイドルの視聴率の数パーセントかをこっちにも持ってきてアウォードの若返りを図りたいという狙いが透けて見えてくるし(ってか、単純に若い人たちにも番組を見てもらうための趣向か)。
ジャスティンに3曲も歌わせるあたりも、なんかそういう匂い、するものね。
いや、これはグラミー賞批判ってことでは全然ないですよ。
僕、グラミー大好きだし。楽しいし。なんだかんだ、見てて興奮するし。
ただ、あのくらいのアウォードでも、やはりそういういろんな昨今の状況に目配せしていかないと、成り立たなくなっていくってこと。もうそういうところに来てるのは確かなわけです。
で、どうなってくんだろ、今後のグラミー。
今回のグラミーって、一言で言えば、「ザッツ・アメリカ」ですよね。
ブラント君もコリーヌさんもKTタンストールも、UK勢はただノミネートしたっていうだけで。
こんだけネットでいろんな国の音楽が簡単に世界で聴ける状況になってる中、こんだけアメリカアメリカな行き方するところを見せられると、う~ん、ホント、素直に、どうなってくんだろって思わざるをえない。
まあ、バランスとるのはうまいっすからね。それなりに続いていくんだろうけど。
や、繰り返しますけど、僕はグラミーに対して批判的な立場にいるわけじゃないですよ。
こういうことを考えることも含めて、僕は楽しく見てますから。
あと、昨日の直前の僕の予想ですが。
主要部門は大はずれだったけど、それ以外で当たったの、以外に少なくなかったってことがあとでわかって、ちょっとムフフ。
ベスト・フィメール・ポップ・ヴォーカル・パフォーマンスのクリスティーナ・アギレラ。
ベスト・ポップ・パフォーマンス・バイ・デュオ・オア・グループのブラック・アイド・ピーズ。
ベスト・ポップ・コラボレーション・ウィズ・ヴォーカルのトニー・ベネット&スティーヴィー・ワンダー。
ベスト・R&B・アルバムのメアリー・J,ブライジ。
ベスト・ラップ・ソロ・パフォーマンスのT.I.。
ベスト・ポップ・ヴォーカル・アルバムのジョン・メイヤー。
このへん、当たりました。
だからなんだって? いや、個人的な小さな喜びです。ちっちぇ~。
しかし、インディア・アリーに対してはホント冷たいね~、グラミー。
ちょっとムッとしちゃう。
あと、ディクシー・チックスの年であると同時に、リック・ルービンの年という言い方も出来るグラミーでしたね。ディクシー・チックスもレッチリもルービンが手掛けたんだもんね。彼、今年は忙しくなりますね、きっと。