始めたばかりなのに、もうこんなに間があいてしまった。いかんにゃ。
フジロックの余韻に浸る間もなく、翌々日からトロントに行ってミック・ジャガーの取材をし、6日夕方に帰国して、7日は朝からひたちなかでROCK IN JAPAN FESを楽しんで、8日、9日で10数本の原稿をやっつけて今に至っている。で、木曜から今度はNY。ふ~。なかなかのもんですよ。
トロントは大変だった。いや、行きの飛行機が。僕と東芝の担当氏を乗せたそれが着陸する予定時間の4~5時間だか前のこと。エールフランス機が滑走路からオーバーランして、衝突、炎上したのだ(ご存知の通り、300人余人全員脱出して死者は出なかった。奇跡ですね)。なので、僕らが乗った飛行機はひとまずウィニペグの空港に着陸し、待機してからトロントへ。着陸してからも、状態が落ち着くのを待ち、結局、19時間以上も乗っていたことになる。
いや、いろんなことがありますよ、飛行機は。
6月末には、ロンドンでクレイグ・デイヴィッドの取材をし、そこからアムステルダムに飛んで1泊したあと、L.A.に飛んでベイビーフェイスの取材をしたんだけど、この時も大変で。まず、L.A.のハリウッドボールでベイビーフェイスとアニタ・ベイカーの共演ライヴを観ることになってたんだが、そのショーのスタートが20時。なのにアムスを発つ便が遅れ、L.A.のホテルに着いたのが19時45分っていう。で、10分で歯磨いて顔洗って着替えて、急いでショーへ行って……。
実はそれも序の口で、今度はL.A.から成田に向かう帰りのNW便。乗ってから3時間あまりもエンジン・トラブルとやらで待機した挙句、結局その日は飛ばなくなって、空港ホテルに1泊するはめになったのだ。あの時の力が抜ける感覚たるや、もう。しかも、僕は帰国するはずだった日の翌日14時から東芝でトリスタン・プリティマンの取材を入れていて。1日発つのが遅れたため、成田についたのが当日の12時前で、慌てて荷物とって電車に乗って、東芝に着いたのはなんと13時50分(取材開始時間の10分前!)。もう全てがギリギリ。超・綱渡り。
いや、いろんなことがありますよ、飛行機は。
さて、ミック・ジャガーは、相変わらず独特だった。彼に対面取材するのは今回が3度目なのだが、まだ全然つかみきれない。逆質問とかバシバシ飛んでくるから、緊張が解けない。「そう質問するけど、キミはどう思うの?」みたいな。答えに窮するとケラケラ笑われちゃうし。頭よすぎて、コワイくらいなのだ。そのあたりのことは今度何かの原稿でゆっくり書きたいところだが。
それにしてもピンクのシャツとピンクのスニーカーがあの歳であんなに似合うというのは驚異だな。僕はいくつまでピンクのシャツを着られるのだろう。見習いたい。
前回もそうだったけど、紳士の彼は自ら立ち上がって、ドリンクを用意してくれる。
「何飲む?」とミックに訊かれて、座ったまま「水を」とか言ってる僕は一体何様なんだ?
高校の時、文集に、「ストーンズは神様だ」みたいなことを書いた。その神様の中でも一番エラい神様が僕にドリンクを用意してくれている。夢みたい。冷静に考えると、コワい。
ストーンズの新作は、まあ想定内と言えなくもないけど、ジワジワ効いてくる曲多し。
無理に元気出してる感じのロック曲はおいといて、4曲目からの流れがかなりいい。
僕は4曲目「RAIN FALLS DOWN」が今のとこ一番気に入ってるかな。
7日のROCK IN JAPAN FES。坂本龍一が素晴らしかった。最近買いなおしてまたよく聴いてた「B-2 UNIT」からの曲に鳥肌。単独ライヴ、行っとくべきだった。ゲストで1曲、元ちとせ。おおっ。元気そうですね。
坂本さんのステージの感動から、次のサザンへとモード・チェンジするのに時間がかかり、最初は久々のサザンに戸惑ったが、大好きな「希望の轍」あたりからやはりグッと引き込まれてしまった。
サザンが野外フェスに出るのはずいぶん久しぶりなんだそうな。僕、昔はよく観たものですよ。
80年代初頭の西武球場のイベントとか。ビーチボーイズやハートやファイアーホールやTKOと江ノ島でやったイベントとか。あと、日比谷野音で甲斐バンドのライヴがあって、その前座が柳ジョージとレイニーウッドで、さらにその前座がサザンだった……なんて時代もありましたっけ。その頃のサザンは、熱心に追いかけてたんでね。何しろ僕、「勝手にシンドバッド」を石神井公園の西友のレコード売り場で、発売日に買った人間なんで。って、自慢か?
うわ、たまってたんで、こんなに長くなっちゃった。木曜からNYなんで、次は16日以降になります。では。