母の生まれは東京、江戸っ子だった戦争で学童疎開せず
家族で
栃木に引っ越した
その直後、東京の自宅は爆弾の直撃にあったそうだ
なぜ栃木なのか
母のお母さんの姉妹がいたからだそうだ
隣に家を建てた
そこが私にとって田舎になったわけである
今は母がそこに眠っている
夏休みになると、毎年ひと月、田舎に預けられていた
写真のように、あの頃も今も、玄関は昼間は開けっぱなしの
のんびりとしている
この写真は、母の従姉妹の家
のんびりとしている
この写真は、母の従姉妹の家
実際の実家はもう東京に出てきているので、
30年近く空き家だったので
取り壊されている

取り壊されたのは、母が亡くなる前の年だった
たまたまその年に田舎に行ったので
無くなる前の家を覗くことができた
たまたまその年に田舎に行ったので
無くなる前の家を覗くことができた
玄関を入るとそこは土間
自在鍵のある掘り炬燵
練炭
練炭
お台所も土で、釜が並んでいて
お風呂は五右衛門風呂
燃やし方を失敗すると、いぶられながら涙流しながらお風呂に入っていた
燃やし方を失敗すると、いぶられながら涙流しながらお風呂に入っていた
おトイレは
庭にあり、懐中電灯を持って行く
そしてそこは、穴に板を渡しただけの状態
隣は牛小屋
しゃがんでいると、頭をつつかれた
夜は怖くてトイレに行けず
庭で。。。。。。。。ごめんなさい
庭にあり、懐中電灯を持って行く
そしてそこは、穴に板を渡しただけの状態
隣は牛小屋
しゃがんでいると、頭をつつかれた
夜は怖くてトイレに行けず
庭で。。。。。。。。ごめんなさい

おやつは笹の葉に梅干しを挟んでしゃぶる
この川で泳ぎを覚えた今は用水路になっていたが、当時は6,7人で泳げた
蛍も手で掴めるほど飛んでいた
空は満天の星
振るような状態で、子供のころは怖すぎるほどだった
振るような状態で、子供のころは怖すぎるほどだった
昨日も満天の星
数は少なくなってはいるけれど、ちゃんと星座の形が見えた
数は少なくなってはいるけれど、ちゃんと星座の形が見えた
この山茶花のトンネルの向こうに竹林があり、そこに防空壕があった
ここの近くに飛行場があり、栃木でも案外空襲が有ったらしい
私にとってはちょっぴり怖い遊び場だった
昨日は那須塩原の温泉に行き
硫黄の湯に浸りのんびり
そして自分にバースディープレゼント
バイク用のプロテクターが入ったジャケットやパンツ
フルフェースヘルメット
これで安全性はバッチリ
バイク用のプロテクターが入ったジャケットやパンツフルフェースヘルメット
これで安全性はバッチリ
ROCK’N ROLL ふるさと
懐かしいその場所は今も健在であった
懐かしいその場所は今も健在であった
ただ、懐かしくもあり、ちょっと胸に刺さる痛みもあり
