冠攣縮性狭心症の発症から今日まで | 癌になっちゃったmy life

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2017冠攣縮性狭心症の発症と
2018子宮頸ガンの告知...
水腎症と急性腎盂腎炎、敗血症。抗がん剤、放射線。
いまは癌を追い出す為の途中経過。こんなこともあったな、と記録していきます。

2021/6 元気に生きてます!7月~ブログ再開します

持病でもある…ちょっと冠攣縮性狭心症の発症当時を思い出しながら書いていきます





冠攣縮性狭心症(異型狭心症)を発症した頃の

胸痛発作(俗に言われる心臓発作)は痛いというより苦しさ。苦しみもがく感じ



発症する前は
やっぱり前兆があり…
(当時はこれが前兆だなんて知らなかった)

奥歯のキーンとした痛み
喉が詰まるような苦しさ
左肩の痛み
左上腕部の痺れと痛み


これが何度も何度も。
なんだろうな…なんて思い過ごすうち
はっきり心臓部とは解らない胃から上の上半身を襲う苦しさ(初の発作)


これが始まりでした


発作が起きてしまうとベッドで寝ていられず床によく蹲っていたり、
発作中は異常なほど全身びっしょり汗をかくので(当時2月)冷たい床を本能的に選んでいたのかも…



まさか心臓とは思わないから、どこの病院にかかれば良いのかもわからず
病院にかかるまで苦しみながらの1ヶ月半。


毎日安静時によく襲われる発作。毎日5回以上は起きていたと思う
食事も1口、口に入れると発作が始まって、それ以降は常温の水のみで絶食状態がしばらく続いた。
そんな内に重く苦しい部位が「……心臓?」と気付いた


初めは発作が起きても5分か10分で治まっていたのが
早朝に発作で起きてしまうようになり

ある朝
ハッと起きて時計をみると…
「まだ5時半じゃん…タラーまた寝よ」

途端に発作が起きて…
寝る暇もなく
発作が治まってベッドに戻れたのが6時。
30分も続いてた…



これは落ち着いた頃に
ネットで狭心症経験者の話をみると…
発作中は決まって…皆同じことを思います…
私もそうでした…

「ここまで苦しめるならいっそ殺して下さい」

私も何度も思いました。
冗談でもなんでもない、それほどの苦しみでした




そんなで
もうさすがに病院に行かないと、と、それでも毎朝のように30分の発作に襲われて体力も奪われてクタクタになりながら


やっと中規模の近所の病院に行くも…
発作の多さの影響か心臓(冠動脈?)がつっている感覚が常にあった。左上方向に心臓が引っ張られている感じ。でも痛くはない、感覚だけ。

循環器内科で、まずは血圧測定するも、上が280を超える異常さ
看護師さんにも医師にも驚かれたけれど、でも動けてるし!
相変わらずぐったりとしてましたけど


今度は心電図…
すると医師が即
「狭心症か心筋梗塞を起こしてる波形が出ている。すぐに紹介状をもって大きな病院へ」



この時の私は
苦しさはなかったけれど
連続の発作後でぐったりしてた


病院で手配してくれたタクシーに乗ってすぐに大きな病院へ


受付を済ませて
カルテには緊急の大きな赤い判が押されていて
待合にいる私に看護師さんが酸素量を測ったり、様々なチェックをしに次々とくる



緊急で入っても
診察室に入れたのは2時間後
仕方ないななんて思いながらも、さらにぐったり






とにかく発作が相次いでいたから、発作を止めたくて…

とにかく苦しくて堪らないから薬を出してほしいとお願いして
発作がまたいつ来るか…の恐怖もあったので、一緒に出してもらった安定剤とともに


すぐに!とはならなかったけれど
薬が徐々に効き始めて
ひと月経つ頃には発作も激減




後から友人や職場の同僚に聞いた話は
当時は調子の良い時は仕事にも行っていたんだけど
【顔が真っ青になっていた】と……
(-ω-;)

私は大丈夫でも
余計な心配をかけちゃったな…と反省。








この後、時間をかけて
順調に回復して大きな発作は無くなり、仕事にも復帰して

癌やなんやらで合計8回の入退院も乗り越えて、発作も忘れかけた頃
再び大きな発作に襲われて…





次に続きます