夫が日帰り温泉を予約したとかで赤穂に行ってきました。


既にお正月仕様



温泉のあと

赤穂大石神社に行きました。


時代劇を観ない私、中学で友達に教えられるまで赤穂浪士を知らなかった。歴史の授業でも習わなかったので、大学生の息子に説明した。

「吉良上野介っていう人が赤穂の殿様に江戸城でなんか侮辱して、殿様が吉良を斬りつけてん。で、『殿中でござる』ってなって(?)殿様は死刑になってん。赤穂の家来は『元々は吉良が悪いのに、殿様が死罪になるなんて…!』って怒って、48人(注・48人)で復讐しに愛知まで行って(江戸やった)吉良を殺して、で死罪になってん。」

「殿様はアンガーマネジメントが足らないんちゃうか」

「現代ではキャンセルカルチャーでこの人達ダメって言われないのか」

「M1でアンガーマネジメントが…(以下略)」


とりあえず到着。四十七士の像がずらりとならんでいる。

秦の始皇帝の兵馬俑と似てる!

と思ったら、中国の兵馬俑伝承協会みたいなとこ作成とあった。


像の真似をしている↓


堀部安兵衛だ!なんかキーパーソンだったような


みんな武器を持っている。


大石 内蔵助(おおいし くらのすけ)

「これがリーダーやで!」


大石主税(ちから)、内蔵助の息子らしい。

「これは何を持っているんやろ」

「きのこの山ちゃう?」


由来。

大石神社は明治元年、明治天皇の東京行幸に際し、泉缶寺の義士墓前に旨並びに金幣を賜ったのを契機に神社奉斎の議が起こり明治三十三年神社創立が公許され、大正元年十一月三日義士を崇敬追慕する方々の奉賛により御鎮座となった

ご祭神四十七士義士が一年十ヶ月の永い間類難辛苦の末見事主君の仇を討った事により大願成就、願望成就の神として全国よりお参りを頂いている



確かに、現代ではどうなんだ

しかし日本人は今も好きなストーリーなのかな


多分お殿様の浅野内匠頭


夫婦円満、商売繁盛の恵比寿さま



本殿


本丸はお休みでした


そのあとはきらきらしていないきらきら坂を見て(閉まっていたからかもしれない)


海をもう一度見て、帰りました。

おせちは明日一日で作らねば…

良いお年を〜