旦那さんの生まれ故郷
「陸前高田市」へ
行ってきました。
本当に映画のような世界が
目の前にありました。
義母が言うには
「これでも綺麗に片付いた」
とのこと。。。
本当に信じられない。
あまりに酷すぎて
涙も言葉も出てこない。
旦那さんが住んでいた家が
あったところは。。。
本当に全て流されて
跡形もない。
周りの家もほとんど
残っていませんでした。
津波で亡くなった親戚が
住んでいた場所は。。。
今も水が引かないで
未だに海になっている。。。
ここで避難生活をしている
親戚に会ってきたけど
復旧しているライフラインは
電気だけ…。
水道もガスもない。
学校も病院もお店も
何にもない。
今したいことを聞くと
「ゆっくり落ち着いて
納豆ご飯が食べたい」
だって。。。
常に待っている人がいて
必然的に毎日
慌てて食べてしまうようです。
だから簡素なご飯でいいから
ゆっくりと自分のペースで
食事をとりたいって
言ってました。
まるで牢獄だ…って
言っているのを聞いて
胸が苦しくなりました。
また、みんなの望みは
また同じ場所に家を建てたい。
だけど、堤防が流された今、
そこは危険な場所と認定されて
家を新築することは
許可されないそうです。
壊滅状態になった街は
未だに3/11から
時間が止まったままです。
「復興」なんて言葉を
気軽にだしてはいけない
気がしました。