「 休みたい 」
そう思っているのに、いざ休もうとすると
「 こんなことで休んでいいのかな... 」
「 みんな頑張っているのに、わたしだけ休んでいいのかな ...」
「 忙しいのに休むなんて... 」
「 誰かに迷惑をかけるかもしれない 」
そんな思いが出てくることはありませんか?
これ、罪悪感です。
実は、罪悪感は、「 わたしは幸せになってはいけない 」という思いをつくりだすものなんです。
この罪悪感があると、自分を罰し自分が幸せになれないような道を無意識に選択してしまいます。
休みたかったら休んでいい。
休むことは悪いことではありません。
それなのに、なぜ私たちは「 休んでいい 」と頭ではわかっているのに罪悪感を感じるのでしょう。
その背景には、単に「 休むのが苦手 」ということではなく
休むことに対して身につけてきた価値観や信念が関係していることがあります。
休む = 悪いこと になっていない?
例えば
・休むのは怠けること
・働くからこそ私には価値がある
・人に迷惑をかけてはいけない
・自分より他人を優先するべき
・頑張らなければ認めてもらえない
・役に立っていなければ私には価値がない
・優秀でなければ私には価値がない
・休むには「 それなりの理由 」が必要
・自分の都合を優先するのはわがまま
こんな価値観や思い込みを持っていると、「 休む 」という行動が
わたしは休んでいる ⇒ 休む私は頑張っていない ⇒ 休む私は役に立っていない ⇒ 私は価値がない人間だ
というように、無意識のうちに無価値な自分になってしまう恐怖の行動となってしまい、とても苦しくなってしまうんです。
その価値観はどこから来たのでしょう?
もしあなたが昔から
我慢すること
頑張ること
人の期待に応えること
迷惑をかけないこと
優秀であること
で自分が存在していいんだと強く感じて育ったとしたら
そこには、幼いころのあなたが身につけた「 生きるためのルール 」が関係している可能性があります。
例えば
お母さんを困らせないようにしよう
お父さんを怒らせないようにしよう
わたしが我慢すればいい
頑張れば認めてもらえる
役に立てば褒めてもらえる
優秀だったら認めてもらえる
こんなふうに、小さな子どもは、自分が安心して生きていくために
周囲の環境に合わせながら様々な方法を身につけます。
これらはその子にとって必要な適応だったんです。
この「 小さなころの生きるためのルール 」が大人になっても残ることがある
大人になった今なら
休んでもいい
休むことは悪くない
自分の時間を持っていい
と理解できます。
それでも、休もうとすると胸がざわざわする。申し訳なくなる。やっぱりやめようかな、と思ってしまう。
そんな時は
「 私は本当に休むことが嫌なのかな? 」
と、一度立ち止まってみてください。
もしかしたら、「 自分を優先することが怖い 」のかもしれません。
インナーチャイルドという視点
インナーチャイルドとは、
幼少期に抑え込んだ感情・その時に身につけた価値観や信念・その時記憶された神経の反応パターンです。
休もうとしたときに罪悪感が出るなら、こんな問いかけをしてみてください。
「 わたしが休むと、何が起こると思っているんだろう? 」
怒られる
嫌われる
迷惑をかける
役に立たない人だと思われる
わがままだと思われる
価値がないと思えてしまう
居場所がなくなる
見捨てられる
もしそんな答えが出てきたら、その奥には、小さなころのあなたがいます。
その子は何をこわがっているのでしょう。
「 休んでも大丈夫 」を今の自分から伝える
インナーチャイルドに向き合うというのは、過去を何度も掘り返して苦しむことではありません。
大切なのは
あの頃の私は、生きるためにこの価値観を身につけてこの選択をしたんだ
と理解し
でも今の私には別の選択肢がある
と気づいていくことです。
たとえば、
もう誰かの機嫌を守るために我慢しなくていい
役に立たなくても私の居場所はなくならない
優秀じゃなくても私の価値はなくならない
人に迷惑をかけないことだけが私の役割ではない
自分のために休んでもいい
休んでも私が私を見捨てない
そうやって、これまで自分を縛ってきたルールを少しずつ見直していく。
すると、「 休んでいい 」という言葉が、頭だけではなく、自分のなかに少しずつじんわりと届いていきます。
罪悪感をなくすことが目標ではない
罪悪感が出たからと言って
「 罪悪感を手放さなきゃ 」と自分を責める必要はありません。
罪悪感は誰でも持っているものであり、決してなくならないものでもあります。
もし罪悪感が出てきたら、
「 私は今、何を悪いと思っているんだろう? 」
とみてみる。
そして
「 それは本当に、今の私が背負う必要のあるものなのかな? 」
と問い直してみる。
罪悪感には、実際に自分が誰かを傷つけたことから生まれるものもあります。
一方で、必要以上に自分を責めることで、周囲との関係を保とうとしてきた結果として生まれるものもあります。
だからこそ
「 罪悪感がある = わたしが悪い 」ではありません。
罪悪感は、あなたの中にある価値観や信念、そしてこれまでの生き方を知るための入り口にもなるのです。
もし、一人では見つけにくいなら
ここまで読んで、
「 わたしも休むことや自分を優先することに罪悪感がある 」
「 頭ではわかっているのに、どうしても自分を責めてしまう 」
そんな風に感じた方へ。
もしかすると、それはこどもの頃に身につけた
「 我慢する 」「 頑張る 」「 人に迷惑をかけない 」「 役に立つ 」
という生き方が、今のあなたを守ろうとしていることがあります。
そして、その生き方は、あたまで「 もうやめよう 」「 もうやめたい 」とおもっただけでは
なかなか変わらないこともあります。
頭では「 休んでいい 」とわかっているのに、
身体が緊張する
身体に力が入る
断れない
人の顔色が気になる
自分を優先すると不安になる
そんな時必要なのは
「もっと自分を大切にしよう」と頑張ることではなく
長い間自分を守るために身につけてきた反応を
頭だけでなく、心も身体の感覚も含めて少しずつ理解していくこと。
peace of I のセッションでは、インナーチャイルドや身体へのアプローチを通して
「 どうして私はこんなにも自分を責めてしまうんだろう 」
という問いを、自分を責めるためではなく
自分を理解するためにあなたのペースで一緒に探していきます。
こんな方に
・休むことや自分を優先することに罪悪感がある
・人の期待に応えようとして頑張りすぎてしまう
・何かあると「 わたしが悪い 」と自分を責めてしまう
・頭ではわかっているのに身体が緊張してしまう
・「 いい子 」でいようとしてしまう
・インナーチャイルドをもっと深く理解したい
もし
「 もう少し自分を大切にしていきたい 」
そう思うなら。
頑張ることで自分を守ってきた生き方から
「 自分の気持ちを聴き、自分を守れる私 」へ。
その道のりを一緒に探していきます。
あなたが休んでも頑張らなくても誰かの役に立っていなくても
あなたの価値がなくなることはありません。
自分のために時間を使っていい。
それも、自分を大切にすることのひとつです。
今日も最後までお読みくださりありがとうございました
