朝早く「いってきまーす」と合宿に出かける息子に漂うそこはかとない違和感。待てよ。昨晩、たった1泊のくせに、ゲーム機やらゲーム機やらゲーム機やら大量に詰め込んでいたわりに、えらい軽装備やな。
「荷物それだけ?」
「…いっけね∑(゚Д゚)」
案の定、デカいリュックが部屋に。アホか。親の顔が見たいわ。いや鏡はいらないから。
こないだ、友達の子供がランドセル忘れて学校に行ったって話を聞いて、「小学生男子なんてそんなもんよー」なんてケラケラ笑っていたのだが、すみません、大学生男子もそんなもんでした。
そんなわけで今日の校正話。
校正は、精査するけど読んじゃダメ。あ、一句できました!どうでしょう先生。
つまり、ひとつひとつの文字、文章、データをチェックしながら読みつつ、内容を獲得することはない。
…わかりにくいな。
うーむ。たとえば、あるパソコンのマニュアルをまるまる一冊校正したとしましょう。全部目を通したその後に、そのパソコンを使えるかっていうと、全然ダメ。校正の場合、有機的な知識として入ってくる読み方をしてはいけないのです。
私はやったことないけど文芸に関してもそうみたいで、そのあたりは最近読んだ校正会社「鷗来堂」の社長さんのインタビューが参考になるんだけどうまくリンクが貼れないや。探してみてー。
さて今日は震災のあった日。
私はその日東京の仕事場にいて、夕方になっても電車が動かないので、会社から歩いて帰りました。5時間かけて。
たまたまその日に会社でもらったお菓子をちびちび食べ、朝買ったペットボトルの残りを飲みながら、満員電車のような人混みの道を歩きました。お店は停電でどこも開いてなかった。帰ったら声がガラガラでした。寒い1日でした。