執刀医を紹介いただいてから | 松本潤くん、嵐さんに癒される毎日

松本潤くん、嵐さんに癒される毎日

毎日、笑顔でいられるように頑張ります。

パソコンの調子がわるくてしょぼん

正確には、ワイヤレスの調子がわるいんですけど~!

(。>0<。)


こんなブログに毎日、お立ち寄りいただいてる方も

いらっしゃるみたいで、

ありがとうございます。


じゅんドキドキは、あふれるほど持っているんですけど

あふれるほどの事が書けなくてごめんなさいしょぼん


手術の件が一段落したら、もう少し頑張ってみますね音譜


長いです。同じ様な症状か、お時間が有る方だけどうぞあせる

「退院してから」に書ききれなかったことですかお

街のかかつけ医には10年来お世話になっていますけど

小さな医院では手術は出来ないので

前々から手術をする病院の候補は、何件か有りました

私にとっては大きな手術なんですけど、

日常的に行われている手術で珍しくもないからなのか、かえって情報が少なくて

体験者の声を聞く機会も少ないですしょぼん



そんな中でも、今までに2回ほど、テレビでも取り上げられていて

名医と言うドクターが紹介されていました。

入院期間が極端に短くて、1週間ほどで退院できる病院病院


人工物のほとんどが海外製品なので日本人の体型に合うように

細工するのが上手いドクターがいらっしゃる病院病院

特に、長さの調節が難しいと取り上げられていたのを、記憶してます
(この調節がうまくいかないと左右の足の長さに差が生じて歩きにくくなる。)


そんな情報を知る度に


「この前テレビでやってたんですけど、入院が1週間て言うのは

魅力的ですけど、先生はどう思われますか?」などと尋ねると


「そんな遠方までわざわざ行かなくても、近くにたくさん腕のいい

先生がいるんだから、自宅から近い方がいいと思いますよ」

と、答えてくださっていました。



痛みも増してきて、手術の時期が来たのだと自覚しても

紹介していただくと、即、手術になるのだろうと思っていたので

時期を決めかねていましたが

(自身の嵐ゴトの都合もありますが、主人の仕事が忙しい時期は避けたいし…)

結局ね、嵐くん優先かい!って突っ込まれそうですけどあせる


一つの目安として、国立のコンサートが終われば

しばらく、予定も無いし、10月頃に手術を受けらるように

お願いしようと思っていましたひらめき電球


ところが


潤くんの舞台の発表があり、決心が鈍りましたシラー

舞台に関しては、書きたいことは、山ほどありますが、

それは置いておいて


運良く、観劇演劇できたことは、手術を先に延ばした甲斐が有りましたかお


そうこうしている間に、年末が近づき、年越しを病院で過ごすって言うのも嫌だな


と、色々理由をつけながら延ばしていました。


で、ここで別記事に有るように、ラッキーな出来事がありました。


年始の京セラドームのコンサートにお誘いいただきました。

ダラダラと手術を延ばしていた事が、ラッキーでした音譜


年明け早々に、思いもよらないお誘いで充分に楽しんだので、踏ん切りがつきました。

次のコンサートまでには、リハビリも終わって騒ぎ倒せる様になっていたいチョキ



そして、改めてお願いをして、かかりつけ医の勧めで、

自宅から一番近いところを、紹介していただきました。


私が、希望していた所は、距離的には、そんなに遠くないのですが

交通の便があまりよくないので、術後、運転ができない状態の時に

診察に通うのは大変だろうと言うことでした。


「少しくらい不便でも、信頼のある先生にお願いしたいと思いますが?」


「どちらの先生も同じレベルの手術をされますよ

こちらで紹介して今までに問題が起こった事はないですよ」


その言葉を信じて従うことにしました。


ただ、私の中の、候補には無かった病院なので、自宅から近くても

情報が乏しく少しの不安は有りました。


「腕はいいの?長さの調節はうまくやってもらえるの?」


「失敗したりして車いすでしか移動できなくなったらどうしよう!」


と、不安が、なくなるわけでは有りませんでした。


この不安というのは


自身の身の危険とか、恐怖とかが元になっているものでは無くて


動けなくなって家族の世話をするどころか、

お世話にならないといけなくなったらどうしよう!とか

迷惑をかけたくはないな、との思いからくる不安で


これは、主婦として、母として生きてきた過程で生まれた感情なのかも

しれないですが


自身が受ける、痛みとか苦痛は、二の次なんですよね。


人工の関節に置き換えると言うことは、承知の上でしたし、

かかりつけ医には、人工の関節に換えられた方のレントゲンを

見せていただいたり、

手術が上手くいって、乗馬を始めたアメリカ人を知っている

と、いう話を伺ったりはしましたが

執刀医ではないので、手術に関しての細かい説明はあまりありませんでした。

たぶん、紹介先で、詳しく説明をされるだろう

と、思われていたのだろうと、後に思いました。


そんな状態でしたので、


紹介状をいただき、予約をしていただいた診察日までの間に

手術の詳細を知りたくて、ネットで色々検索しました。


ある病院のサイトには

図式でとても分かりやすく、手術の手順が10ページ以上にわたって紹介してありました。


それは、術前に患者、家族に同意を得る際に用いる資料であるように

記して有りました。

それをプリントアウトして、主人にも見せました。


それまでは

「大した事ない手術なんやろ!先生に任してたらええやん!」

と、気にもかけなっかたのに


その資料を見てから

「結構、たいそな手術やんか!」と、初めて少し興味を持ってくれました。


とは言うものの


基本的に、私は不死身だと思われているので


(たまに、か弱く、不安をぶちまけたり、泣いたりできる人が羨ましく思いますが

出来ないんです。私が強いのではなくて、弱音をはいても弱音と受け取ってもらえない

主人との生活が長くてあきらめてるんだと思います)


そんなですから、主人が執刀医の説明を受けたのは、手術前日の一度だけです。


話が前後しますが、

ネットで見つけた資料と同等の説明が、

紹介先の病院であるのだろうと思っていたのですが、

かかりつけの医院で既に、説明済みだと思われたのか

具体的には有りませんでしたしょぼん


(そんなポピュラーな手術なの?リスクだって有るでしょう?サイトで見つけた病院が丁寧過ぎるだけ?)

ここで、今まで診ていただいていた病院と、実際、手術を受ける病院

が異なることは、こういう情報の伝達不足が生じるのかな

とも、思いました。


もう少しお話を伺いたいと、お願いしたところ

別の日に時間をとってくださったのですが


「何か聞きた事や不安な事は有りますか?」


という展開で、手術の手順や、手術を受けることのメリット、デメリットの提示はありませんでした


そこで、不安に思っていたことなどを、質問をして答えていただくという形になりました。


私の質問の内容より、ドクターが何度も口にされたのは、手術を受けたいという私の意志でした。


先に記したように、この手術は、痛みを我慢できるのであれば先に延ばせる手術です。

ドクターがレントゲンなどで、これ以上は放っておけないだろうと思っても

本人が、まだ耐えられると申しでれば、捕まえて無理に手術はしないのだろう

と、感じました。


「癌の様に、一刻も早くしないといけない手術ではないですが、本人の意志が

重要です。手術をしたいと思って紹介状を持ってきたからといっても、気持ちが変わったり

すれば先に延ばすことも可能です。いつでも言ってください。

本当に、手術を受けたいですか?」

このような言葉を、数回聞きました。


「はい、最近では、足の爪を切りたくても関節が曲がらないので切りにくいし

痛みで立ち止まることもあるので、筋力がまだ有るうちに手術を受ければ、健常だったときの様に

普通に歩けると聞きました。」


「あなたの言う“普通”とはどの程度のことですか?」


「傷める前の様に歩けて、人に心配されないような歩き方です」


「今の歩き方を、50点とするなら、80点、90点くらいまで改善されるとは思いますが

この手術は、痛みを取り除くという事が最大の目的です。

医者の目指すところは、そこです。」


こんな風にやりとりをしていて、感じたことは

強引に行った事では無いということの確認を何度もしてるんだなと

思いました。

術後に何か過去にトラブルになった事でもあるのでしょうか?


とにかく、

50が80、90に改善されて、痛みから解放されるなら100に戻らなくても

充分だと判断したので

意志は変わらないと伝えました。

ドクターもレントゲンから、したほうがいいと思われていたようですが、

私が、意志は変わらないと言いだすまで、ご自身の意見は仰いませんでした。



そこからの展開は早かったです。

手術の予定日が一か月後になり、輸血が必要になった時の為の自分の血液を

前もって貯めておく自己血の貯血を、1週置きに400mlを2回採る事になりました。


この400mlは街の献血と同じ量なので、健康であれば何の支障もない量ですが


ふらついたりしては危険なので、車は乗って来ないように

とか、ご家族かお友達にでもお迎えに来てもらってください

と、注意が有りました。


心配してくださっての事とは分かっているんですよ。

でもねぇ~!


たったこれだけの事に、大げさに人を巻き込みたくないむっ

(街で献血する人って、お迎えある?ないでしょう!)


「車は乗ってきません。電車で来るので一人で帰れます」

と、言いそうになって、やめました。

聞いてしまうと、責任がある側は、

指示どおりにしてください

と、答えるしかないでしょうから、黙って一人で来ようと思いましたあせる


頼めば、友人達は自分の予定を変えてでも付き合ってくれるでしょうが

手間をかけたく有りませんでした。

後に、これを言って、友人に叱られました。


「あんたなぁ、頼る時は頼っていいんやで、性格上、できないのは分かるけど

これから、老いていったら助け合わんとあかんねんやからな」


「わかった、わかった」と、言いながらも、出来るだけ自分で、との思いは変わってないですあせる

      可愛くないヤツあせるでしょうビックリマーク

結果、ふらつくことも無くピンピンしていたから言えることなんですけどねべーっだ!


手術を受ける事も、普段から密にメールや電話をして

定期的に食事をしている友人達には隠せないので

知らせました。

が、心配して大事になりそうな母や妹には知らせませんでした。

入院中の記事にも書きましたが、母の兄弟が多くて健在なので

私の入院を知ると叔母や叔父達が、お見舞いに押し寄せてきそうでしたし

高齢なので道中で何かあっても困るので。


入院中は、ゆっくり本も読みたかったし、音楽も聞きたかったし

主人と息子は職種は違うものの、泊まり勤務が有り、

非番日や休みが平日に有るので

いつ訪ねて来ても迷惑にならないように個室を希望しました。


幸い、これまで大病をすることも無くやってきたので、入院保険や生命保険の保険代が

無駄で、もったいなく感じることも有りましたけど、今回は役に立ちました。

個室の差額代も保険が有るおかげで負担が減りました。


そんなこんなで手術を受けました。


前後しますが、過去記事の、入院中に書いたものと、退院してから書いたものとで

いきさつはほぼ書かせていただきましたが


同じ様な症状の方の参考になるのは、術後の方ですよね。


現在の状態は………


術後約2カ月


今週、退院後2度目の診察が有りますが

この、今の状態が良好なのかそうでないのかは、その時に伺うしかないですが……


確実に出来ることは増えていっています。


階段を1段ずつ両足を揃えなくても、片足ずつ不格好ですが登れるようになりました。

車の運転も復活しました。

仰向けだけでなく横に向いても寝られるようにもなりました。

物に捕まらなくても、片足立ちでジーンズをはけるようになりました


だけど、筋力が戻ってないからなのか、痛みが伴い、杖こそ使ってないですが

まだまだ歩き方はぎこちないです。

術前の30%程度の歩き方です

傷も盛りあがっていて触れると痛いです


術前の不安要素の一つだった

足の長さも、今の段階では人工関節の方が1㎝程長く感じるので

反対の靴に特別に作った1㎝の高さの中敷きを入れています

(これを脚長差と呼ぶらしいです)

これに気付いたのは、術後6日目にリハビリ室の平行棒を支えに

初めて立った時でした。

手術をした方の足に力を入れて立とうとすると反対の足が床から浮く

健常な足の方に合わせると反対に膝が曲がる


ええぇ~これってテレビで見た、

海外製品だから日本人に合うようにするには……って、あれじゃないん?

手術ミス?


と思っているとリハの先生(理学療法士)が

靴の中敷きを持ってきてくださったので靴に入れてみました

そうすると浮いていた足が床に着くようになりました

中敷きっていっても、高さの改善用なので、高さの修正はできても

普通の靴に入れると、靴が脱げそうになって歩きにくいです

その中敷きの高さは、1㎝ありました。


この時点では、術後、すぐには、長さに違和感を訴える人が多いけれども

痛みが取れて筋力が戻れば、違和感も無くなり中敷きも必要なくなる


と、言う事を聞いたので、今は仕方ないんだな

と、思っていました。

ただ、毎日、様子を伺いに病室に来てくれる主治医には


「先生、足の長さが違うんですけど、後々、改善するんですか?」と、

機会がある度に訴えていました。


答えは

「脱臼防止に、4、5㎜は意図的に長くしたけど、それ以上は無いはず」

とのことでした。


何度訴えても、答えは同じでした。


確かに、最初は、お尻の筋肉まで無くなって

(でかいお尻はぜい肉の塊かと思ってましたが、驚くほど片側だけ筋肉が無くなって、

お尻が小さくなっていました)


足の太ももも、細くなってしまっていました。


筋力が戻れば脚長差も無くなるのなら心配しなくてもいいのかな?


と、今日まで期待してきましたけど

依然として

人工関節の足の方が長く感じます


元々、痛みもとれ、違和感無く、歩ける様になるのは、ゴールデンウィーク頃と

聞いているのでその頃のになると改善されているのかもしれませんが

今は、不自由です。


その事を、年上の知り合いにぼやいていると

その方のお姉さんが70代で老化で軟骨がすり減って、私と同じように

人工股関節に換えられと教えてくださったのですが、


痛みもとれてスタスタ歩ける様になって、快適なので、もう片方の足も

1年後に人工に換えられたと仰るんです目

術後もそんなに苦しんでおられなかったようですしはてなマーク


私とは差が有りすぎるように感じています。


たとえこの足がスタスタ歩ける時がきても、こんなに苦労を伴うなら

もう片方を同じような手術を受けようとは思いません


職業柄、少し知識の有る息子は、


同じ人工に置き換えても、50代と70代の人じゃ、手術の内容に少し差があるんやないかな

だって、お母さんは痛いと言いながらも、手術を受けるまでは、

普通に生活してたんやで。溝だって飛び越えてたし、手助けなくなんでもしてたやん。

術後も活発に動き回りそうなのは、想像つくやろ?

その年代と70代の人の行動を比べたら差があるやろ?

その辺が微妙に手術に差が有るん違うか?


と、慰めなのか、言ってくれますが、70代の方が、もう片方もしたいと

思われるなんて、よほど経過が良かったのでしょう!


私の手術って、成功したの?

ミスったの?


と、思う今日この頃です。この週末の診察で聞いてみようと思います。



ここからは、コンサートにお誘いいただいたいきさつになります。


クリスマスイブにチケットの写メが

「一緒に行きましょう音譜」とだけ言葉が添えられて送られきました。


とっても仲良くしていただいてる嵐友さんからでした。


その嵐友さんのお母さんと私が同じ年齢なので、その嵐友さんはとってもお若いです。

(お母さんは、どちらかと言うとスマップがご贔屓なんです)


お母さんやお母さんのお友達ともコンサートをご一緒したこともあるので


嵐ゴトを超えて仲良くさせていただいています。


お母さんとお母さんのお友達が、仕事の都合で遠征が出来なくなったと

譲ってくださったチケットだったようなのですが


12月の私の誕生日とクリスマスプレゼントを兼ねて

サプライズにしようとクリスマスまで待って、メールを下さいました。


とっても、粋な演出で、とっても嬉しかったです

その時のメールのやり取りは


 かお 「ギャー!どうしたの?まさかオークションで手に入れたとか?」

 かお 「ドームは、一緒に落選したよね」


 女の子「譲っていただいてから、喜ばしたくて、言いたくて言いたくてウズウズしてました」
 女の子「前日にジャニショに行って、グッズも買って、当日はコンサートに浸りましょう音譜


年明け早々、主婦が…

幸い、主人の仕事は、盆、正月の無い仕事なので仕事に行っていたので助かりました。




読んでいただいてありがとうございました。

お疲れさまでしたラブラブ

またまた、誤字脱字があると思いますがスルーしてくださいませ。