あれから15年




あの阪神・淡路大震災と1日違いで我が家に


起こった出来事






1月18日午前5時16分



父上死去





あの震災でずーっと起きっぱなしやった私と母上。





そろそろちょっと寝ようかって準備している時に


病院から電話がはいった。



急いで病院にかけつけると、医師が父上の上に


馬乗りになり、心臓マッサージをしてる最中でした。




私たち親子はその姿を呆然と見てるしかなかった


昨日まではそんな事なかったはずやのに。。。


そこへ兄もかけつけてきました。



心臓マッサージもむなしく父は長い眠りにつきました。




当直の方が前日の震災で恐かったみたいで見回りを


いつもどおり出来てなかったようです。


父上は喉にタンが詰まったようでナースコールの


ボタンも落としてしまい、苦しい思いをしながら


亡くなってしまいました。



謝罪してくださいましたが、母上は責めませんでした。


父上は脳梗塞の上に脳血栓もあり、本当なら脳外科等の


ある病院にいかなければならないのに、血圧でかかってた


この病院に入院させてもらってました。



一度、脳外科の病院に入院もしてたんですが、トラブルがあり


無理やり退院させて、この病院に入院させてもらったんです。



当時、父上の血圧等の担当してくれてた内科の先生は無理やり


退院させてこちらの病院にうつってきた父上の変わり果てた姿を見て


泣いてくれました。


「大変な目におうたなぁ!!」って。


看護婦さんもみなさん良くしてくれて、状態も良くなってきて


いました。


そんな時の大地震。。。。。



誰のせいでもない。父上はきっと誰も責めない。


本当なら入院出来ないのに快く受け入れてくれ、みなさんに良く


してもらえただけで良かったって。


病院の遺体を安置する部屋に葬儀屋さんの車が来るまで


父上を安置し、車が来て父上を乗せていると、父上が


入院していた3階の看護婦さん全員がお見送りにきてくれました。



父上はちょっとした人気者でした(笑


元々入退院を繰り返していたので、元気に動いてる時からの


付き合いです。


よくご飯にも連れて行ったりしてました(笑



今からお仕事なのに、目を真っ赤にしみなさん泣いていました。




ちょっと我が強くて、わがままなだったので嫌がる人もいましたが


たくさんの友達や仲間、家族に支えられ好きな事をやりたいだけやって


いろんな意味で幸せな人生だったと思います。




私としては親孝行なんて何一つ出来なかったことが今でも悔やまれます。


今でも安心させてあげる事は出来てないんやけどね(爆



ま、じーっくり見ててやぁ!!!おとん!!