私には、アサエと言う名の姑がいる。
夫と付き合い結婚を決め、滋賀に挨拶に行った時、初めてお会いした人。
第一印象は、可愛いおばあちゃん、田舎のオカンって感じだった。
私の母親より年下なのに、おばあちゃんみたいだった。
話しかけてみたが、全くもって、しゃべってる言葉の意味が解らない。滋賀県の忍者がいたところの農家が出だから、方言があるのかもしれない。だが、全く分からない。
夫に通訳してもらうようになり、イライラさせた。
突然、あんたーとか言うので、とてつもなく傷ついた。
あんたなんて呼ばれる筋合いないから。と。
親にも言われたことがないのに、とても悲しかった。
会話していくうちにとても家に帰りたくなった。
正直、夫と結婚するのはいいやとまで思った。
その時、21歳。結婚しないで目指しているキャリアウーマンでいけばいいじゃないかと。
アサエが強烈すぎたので、とてもじゃないけどやっていけない、
私が思う、嫁姑というものを見事に覆す人だった。
年を重ねると、ここまで図々しく、自己中で、空気が読めない、
声がデカイ、言いたいことを我慢しない人になるんだろうか。
冗談やーと言いながら平気でアホやなーとか言えるのか、
意味不明だった。
関東出身の私を嫌う。
何かを手土産に持っていけば、こんなもんと言う。
舅、息子(夫)の前とは全然態度が違う。
孫のことを誉めない。
お正月に、夫の家にいくのが毎回憂鬱だった。
心屋に来て、私の中にも自己中、空気読めない、大声、図々しいところがあり、受け入れるワークをしたけど、入れられなかった。
アサエは、ダメンズメーカーだとも知った。
舅が老後のためにと貯めていたお金を使い込んだり、浮気したりしても信じていて、舅が死んだ後、無一文になっても毎日のお線香は欠かせない。
私からしたらバカな女にしか見えないのである。
働くだけ働いて、何十年も舅の借金の尻拭いをしてきて、家を売り、
それでも小バカにされ続ける人生を送って何が楽しいのだろうか。
女性として、人間としてのプライドはないんだろうか。
これだけ稼げる人なんだから離婚すればよかったのに。
そういつも思っていた。
髪結い屋の亭主。まさしくこれ。
そういえば私の母親もそうだった。
見事なまでの依存型ダメンズメーカーだった。
男をとことんダメにする人。
「この人には私しかいない。」
この言葉で自らを支えてきたのだろう。
アサエと母親の二人の女の生き方を見たら、バカでもアホでも
もしかしたら、純粋で無謀と惰性だけど、何か知らんがほのかに愛情を持っているのかもしれない。
舅の話をすると自慢のように嬉しそうに話すアサエ。
アホやーーと言いながらもゲラゲラ笑っていられるのは見事である。
ぢんさんの曲ではないが、
私は家事をしなくてもいい
私はランチをしてもいい
私は毛皮を買ってもいい
こんな感じでヒラヒラーーといきたいものである。
ていうかすでにしているか。笑
私は自己中でもいい。
私は空気が読めなくなくてもいい。
私は大声で笑ってもいい。
私はバカになってもいい。
ってね。
なんか、アサエのドタバタ劇のハズが人生論ぽくなってしまった。
また書いてみよう。
それでは。またね☆