先日読んだこの本、とてもよかったです。
本の中にこのような記載がありました。
『発達のトレーニングの本質は遊びと同じ。』
『言ってみれば、遊びの中の栄養素となる部分を凝縮したようなもの。』
(レビューをする時間がなくご紹介だけ…)
本人がトレーニングされていると気がつかないくらい楽しい家庭療育を目指したいものです。
話は変わりますが、先日帰省した時に母親に私の幼少期のころの話を聞きました。
母親は超インドア派かつ忙しく、遊ぶ相手は主に二つ上のお兄ちゃんとその友達(男児ばっかり)。あまり詳しくは覚えていませんが、幼稚園時代は家のむかいの空き地に子供だけで集まって、よく戦いごっこなどをしていた気がします。
学習面では年少から年長まで公文をしていました。
きっかけはお兄ちゃんの真似をしたがったからです。
私は公文があっていたらしくドンドン勝手に進んでいき、「宿題が嫌」と投げ出すこともなかったそう。
・・・という話を聞いて、自分は長男と全く違うタイプだったとわかりました。
私のようなタイプはワークが向いています。
私のようなタイプはワークが向いています。
療育の先生いわく、ワークやパズルを与えること自体が強化子にすらなるそうです。
でも長男はそういうタイプではない。
少なくとも現時点では。
そんなこんなで昨日はホワイトボードをつかってなぞなぞ形式でいくつかの課題をしました。
私「なぞなぞで〜す」
私「(◯を3つ書いて)三文字です」
私「真ん中の文字は『な』です」
私「黄色いです」
私「くだものです」
長男「バナナ!」
これは音韻分解や単語の仲間わけなど、幼児のプリントにもしばしばでてくる課題です。
私「なぞなぞで〜す」
私「(◯を3つ書いて)三文字です」
私「真ん中の文字は『な』です」
私「黄色いです」
私「くだものです」
長男「バナナ!」
これは音韻分解や単語の仲間わけなど、幼児のプリントにもしばしばでてくる課題です。
遊びながら学ぶという理想の形にすこしでも近づけるよう、療育の課題リストや学習プリントに事前に目を通しておき、その中の学ばせたい内容を遊びを通して出来ないかを考えてみています。保育士さんのよむような遊びの本も参考になりそうと思っていくつか入手済みです。
この時のポイントとして、大人があれこれ時間をかけて課題を準備しすぎないほうがいいんじゃないかなぁと思います。いま手元にあるもの、アドリブで対応できるものにしておくほうが無難かと。
なぜならば準備しすぎると子供にハマらなかった時の親のショックが大きいから。時にはそれが強要、怒りにも変わります(自分の失敗を通して気づきました)。
あと単にめんどくさいから。時間がない、準備できていないことが家庭療育停滞の原因になっては本末転倒です。
さらには、あれこれ物がなくても大人が創意工夫や想像力で補う…という姿勢を子供に見せること自体が、子供にも手本となり刺激になると思うのです。
ちなみに小学校に入ってからも困らないようにプリント課題も少しは継続しています。でも最近は本人に何時から、何枚やるかを決めさせているのでせいぜい3枚程度です。
夫には「甘い」と言われますが、、、。
ところでこのホワイトボードおすすめです。100均とちがい、ここまで大きめだといろいろ使いやすいです。
軽いし薄いので、要らないときはその辺においてもじゃまになりません。

