そこにあるもの、

ここで起こっていること、

誰かという存在、

あたしという存在、

たくさんの国も歴史も、

世界中に生きてる人も、

日本で起こるさまざまな事件も、

あたしを取り巻くすべてのものは、

ひとたびあたしがその場を離れれば、

それは無用になり消去されるもの。

そんな自己中心的な妄想をしてた。

すべてが無機質に見えて、

カラーが白黒となり、

あたしは、あたしを守るために、

感情を封印することを無意識に覚えた。

つまりは、

すべてをくだらないものと思うことで、

興味・関心を捨て去ることで、

何も感じない無敵の心になりたかったからだと思う。

笑うことも、

怒ることも、

泣くことも、

しなくなかった。

そうすれば、あたしは、傷つかない、と一線を引いていた。

こんなことを思ったといえば、

誰もが心配して、

「どうしたの?大丈夫?」と聞くだろう。

だけど、

別段、

何か、

あった、

というわけではない。

誰にでもある出来事を繰り返すうちに、

バカバカしくなってきたから、

自分でさじをなげてしまったんだ。

出会い→別れ→出会い→別れ、

これをエンドレスに繰り返すうちに、

ほとほとバカバカしくなってきて、

もう、一人になりたいと、長く暗いトンネルに迷い込んだ。

出口がわからなかった。

出口を捜そうという気にもなれなかった。

とても遠回りをしたけど、

あの時の感情を説明できるようになったのは、

消化できたってことだと思う。

時間は傷を癒す、なんていうけど、

時間は傷を治してなんかくれない。

許せないことは一生覚えてくるだろうし、

悲しかったことも、忘れない。

時間は、ただ、そのときの感情を薄めてくれるだけ。

そういう意味で時間の経過を味方につけて、

今から楽しく過ごすことで、消化できるんだと思う。

先生に出会ってから、

ようやく、

感情を表にだすことを覚えました。

本音をだすのが、怖くて、

何をされても、

何を言われても、

平気、っていう仮面をかぶっていた時代は、もう卒業。

あたしのすべてを、広い心で受け止めてくれる場所をみつけて、

あたしの居場所、みつけた。

一番、のびのびできる場所をゲットして、

こんな場所が、

あたしにもあるってわかっただけで、

幸せだと思いました。

誰かと分かり合うことを、

誰かと思いを共有することを、

誰かにとって、あたしという存在が必要だということを、

もう、

あきらめていた。

だけど、そんなあたしにも場所は、あった。