めちゃめちゃ久しぶりの更新です。


ちょっといろいろとありまして・・・


今年の初めの話ですが長野に住んでいる親父に会いに行ってきました。


親父は僕が生まれてすぐに母と別れてそれから20年間連絡を取り合っていませんでした。


僕が20歳のときに自分の意志で連絡をとりそれから10何年と連絡を取り合っています。


親父は再婚をしていて実家のある長野県伊那というところにいます。


伊那は時間がのんびりとしていてとてもいいところです。


今年の初めに行ったのは親父が家を建てたというので見にいたのでした。



山田うどんで育ちました



山田うどんで育ちました



山田うどんで育ちました

写真のとおり親父は車でしか行けない山奥で居酒屋をやっており(!?)店と家がつ


ながっているログハウスのような感じです。


また親父は歌がとても好きで有志で集まった歌好きでグループをつくり、老人ホーム


などをボランティアでまわっています。


またそれがえらい力の入れようで衣装はもちろんの事、プロ顔負けの音響機材、


照明機材、余興でやる南京玉すだれ、


それを運ぶ専用バスなど全て取り揃えています。そんな親父の店だからやっぱり、



山田うどんで育ちました


緞帳つきのステージが店の中にあります。(ここでお客さんが衣装に着替えてカラオケを歌うんです)


家のほうは、なんと・・・



山田うどんで育ちました


6畳ぐらいの広さのある露天風呂がありました。


温泉もちゃんときていてふつうの旅館です。


で、です。


僕は親父を尊敬しています。


何がすごいって、親父はこの店と家を自分で建てたです。


自分のお金でという意味ではありません。


なにも無いところから親父が自分で何年もかけて家をつくったのです。


市で伐採した木、木材、石をもらってきて、また取り壊しの家屋からいろいろもらって


きたりして奥さんと2人でこつこつ作ったそうです。


すごいバイタリティ。本当に尊敬します。


ここまで読んでくれた方、たぶん思ったでしょう。



北の国からの五郎さんです。




長野にも黒板五郎さんはいたのです!


それも父親!


やるなら今しかねぇっ!!


(何の意味か僕の名前はじゅんです)




長野の山奥で熊と戦い、猿に襲われ、猪を追い払う父親が僕にはいます。



いや、いました。



先週、親父は67歳という若さで癌と戦い他界しました。


最後に親父の生き様をみせてもらいました。



久々の更新がこんな話ですがまたちょこちょこ更新します。