もうすぐ6月がやってくる
6年前の6月1日は私にとって人生で忘れられない日となったのだった
おなかに第2子ができて私は総合病院に通院していた
大阪のマンションの3階に住み、長女は小1,4階の上級生といっしょに学校に行ってもらっていた
ある日その上級生のお母さんと1階の玄関で会い、挨拶だけ交わした
でもいつもいっしょに学校に行ってもらっているからお礼が言いたくて
お礼を言ったところから話が始まり、「お腹、どこで診てもらってる?」
という話になり私が通ってる総合病院はいまいちで
南のほうにいい病院があるといわれ、高齢で帝王切開だからリスクが全くないわけではない
1度その病院で診てもらえないか行ってみた
大阪府立母子医療センターといういろんな小児の科と出産のできる施設だ
6月1日、リスクはそんなに高くないからと断られるのを覚悟で行ってみた
内診・・そしてエコー・・・そのエコーのとき女医の先生は他の男の先生を
電話で呼んで2人でエコーの画面を見入っていた
沈黙で時間は流れ、長すぎる検査に私は不安を感じた
「え?何かあったの?いや、まさかね」と自分をなぐさめた
先生に診察室に呼ばれた私は、あまりにも受け入れがたい現実を突きつけられる
「お腹の赤ちゃんには心臓の病気があります」
「え・・・・心臓・・・」心臓が悪いって聞いて涙も出なかった
ショックすぎると人間、涙が出ないもんなのかな?
一人で聞くにはあまりにも重過ぎる事実で、私はぼや~っと帰ったんだと思う
バスを降りてマンションまで帰っていると娘の通う小学校方面の工場が
火事でものすごい範囲で黒煙を出していた
それをみても、普通なら、わー!すごい、大変
と思うところだが私は自分に起こった事を考えていて「あー、煙がー」
位の驚きしかなかった
お腹の子が心臓悪いって事を知り合いには伝えなかった
誰から見ても私はシアワセな妊婦だったかもしれない
そうだ、そう見せたかったのだ
あの時、4階のお母さんにお礼の言葉を言っていなかったら
心臓のことを知らぬまま出産するところだった
彼女に挨拶以外の声をかけたことは必然だったのかもしれないと後から思った
知らないで出産したら子だけ母子センター、私は総合病院で離れ離れになっただろう
6月1日・・・・この日はわたしの人生で最もショックなことが起きた日だ