翔子が旅立った日を、私は忘れることはない。それはもちろん、愛する女の死んだ日が色褪せることがないからだが、同時にそう、私の誕生日がこの日に選ばれたからだ。

「クララさんから預かっていました。この日が来たらあなたに渡して欲しいと。」

祈りを捧げてくれた神父から一通の手紙をもらった。最後のラブレター。

~以外手紙より~

純そして彩へ

この手紙を読む時、クララはもういなくなっています。彩は元気にしてますか。
明日は手術です。純がいっぱい勇気をくれたから怖くないです。でもクララの体は元気にならない気がします。もしだめでも純は怒りませんか。今、純やみんなと出会った時を思い出して嬉しくなってます、明日手術なのに。

純とシアトルに行きたかった。純がしゃべるのをずっと聞きたかった。純と朝までお酒を飲みたかった。もっとキスしたかった。純に大阪弁を習いたかった。こんなに好きでもクララは純とさよならなんですね。純の好きな食べ物もお酒も芸能人もクララは全部わかります。純がクララを好きだったのもわかります。だから死にたくない。



クララはパリで眠りたいです。いっぱい海外行ったけどパリがやっぱり好きです。

いつもワガママしか言わなくてごめんなさい。最後にまたワガママ言います。彩をママにお願いできませんか。



おねえの妹でいてくれてありがとう。おねえの愛情は足りましたか。これからはおにいやママにかわいがってもらって下さい。早くおっきくなってね。彩は絶対きれいになります。おねえのかわいい妹だから、自信を持っていっぱい生きて下さい。

神のご加護がありますように。大好きです。

クララ翔子


いきなり咳き込み始め、そして吐血。すぐにエマージェンシーを知らせる。

緊急手術が行われた。そして術後、とうとう最後通告が突きつけられた。

「みなさんをお呼び下さい。」

医師の話をどこか冷静に聞いていた。強い薬を勧められたが、私は断った。

まず知佳に連絡を入れた。

「ほんまにもう、ほんまにもう翔子はあかんの?」

「知佳。連絡頼む。」

「・・・うん、わかった。」

それからママに連絡を入れる。

「わかりました。急ぎますね。」

最後に孝美。

「そんなん・・・うんわかった。絶対行く。」


日付が変わろうとする時間。寂しく眠る彩ちゃんを起こす。

「彩ちゃん、おっきできるか?」

やはりこの小さな体に力はなかった。抱きかかえて車に運ぶ。

病院への一番乗りは私たちだった。

「正直申します。もう、手はありません。」

私は彩ちゃんを抱きかかえながら、翔子の顔を見つめる。しばらくして仲間が集まり始めた。

臨終の前に孝美以外全員が揃った。悔しさ、悲しさに満ちた表情だ。

「メグちゃん、そこのバチくれへんか。」

「あ、はい。」

「みんな、わかるか。バチが変色してるのが。」

「翔子・・・起きてえやあ。翔子。」

早苗の言葉に翔子と彩ちゃん以外が反応した。体を震わし涙を流す。隣にいるもの同士で体を寄せ合い、絶望からの逃避を考える。

「翔子?わかるか?」

翔子の手のひらを開き、バチを触らせた瞬間、その手がかすかにバチを握った。

私は彩ちゃんの体を強く揺らした。やっとの思いで目を覚ましてくれた。

「彩ちゃん!おねえや!おねえに顔見せるんや!」

「みんな、3人だけにしてあげようか。」

ママが呼びかけた。


「彩っち!おねえを呼んで!」

知佳の叫び。

「おねえ・・・おねえ?彩やで。」

「おい!翔子。わからんか。」

「おねえちゃん。起きて。おねえ・・・」

世界で一番小さな祈り。そして、刹那の奇跡が起きた。翔子の目が僅かに開いた。口が開くことはなかったが、その目は彼女の気持ちをすべて吐き出した。


光り輝く目から涙が流れる。この涙の意味、そして重みを君はまだわからないかもしれない。でも、今この姉の最後のメッセージを見ないと必ず後悔する。だから、声なきメッセージを感じて欲しい。

「先生。あと5分だけ下さい。時間が来たら、後はお願いします。」


「おねえがキスしてって。」

「うん。おねえ・・・」

その光景を数秒眺める。

「うんわかった。」

「彩ちゃん?」

「おにいにもキスして欲しいって。」

「え?彩ちゃん?どうした?」

「だっておねえが言ったんやで。」

この時のことを、彩ちゃんは覚えていない。しかし、本当にこの姉妹は会話をしたと信じている。

翔子を挟むように頬にキスをする。翔子の表情は変わらない。

「おねえうれしいって。」

しかし、翔子の意識が戻ることはなかった。


「おねえの声が聞こえへん・・・」

いい子でいてくれた彩ちゃんへの姉からの最後のご褒美が終わった。


「彩ちゃん。おねえちゃんとお別れやで。」

「おねえとお別れなん?なんでなん?」

「ママとかパパんとこに行かなあかんねん。」

小さな瞳に涙が溢れていた。「姉の死」を体で受け止めたようだ。そして、小さな手を合わせ、世界一あたたかい祈りを捧げた。

この美しい旅路と恋路のすべてが終わった。

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「聞こえるか?」

深い眠りの中、翔子に私の声が聞こえているものと信じたい。時々目を開けては、私に生きていることを教えてくれる。

「今日、彩ちゃんを連れてくるな。」

両親を亡くした時、彩ちゃんはまだ1歳にも満たない時だった。何も覚えているわけもなく、姉だけとの生活が普通だと想っていた。そして幼いとはいえ学校に通う年齢になり、初めて目の当たりにする死が、唯一の家族の死になるのだ。避けることができるのであれば避けたい。

「今日はおねえに会いに行くぞ。」

「おねえに会いに行く!うん、行くねん。」

いつもの通り車で眠る彩ちゃん。寂しくなって「おねえ」を口にすることが日増しに目立ち始めていた。

まだ目覚めない彩ちゃんを抱きかかえて、翔子の部屋へ入る。音を立てず彩ちゃんをイスに座らせる。

「彩ちゃん来たぞ。」

翔子に伝える。このまましばらく静寂が続いた。

彩ちゃんが目覚める。

「おねえ?寝てるん?おねえちゃん?」

「おねえはな、もう少ししたら・・・ママとパパのところに行かなあかんねん。」

「ママとパパんとこ?おねえ死んじゃうの?ねえ?おねえは?」

彩ちゃんの手を握りしめる。

「おねえの頭をなでてあげ。」

姉の死を直前に控えても、感情的なものが何もこみ上げることはないようだ。ただ一生懸命姉に触れ、単純に構ってくれない寂しさを紛らわしているようにしか見えない。

その時、翔子が目覚めた。全霊を込めて口を動かすが、声にはならない。

「おねえ?しんどいん?どうしたん?」

翔子の口の動きはこうだった。

「彩、ごめん。愛してます。」

そしてまた、眠り始めた。彩ちゃんを抱きかかえる。

「おにい?おねえしんどそうやで。おねえ・・」

最後の家族の会話。翔子は楽しめたはずだ。

彩。君に伝えたい。今はまだわからないだろうが、君を一番愛した姉は間もなく旅立つ。いつか大人になり、姉の年齢を追い越す時がくる。少しづつでいい、姉が君に捧げたやさしさを知りながら、人生を歩んで欲しい。
君の姉は、とても美しく尊い人だった。君にはその姉と同じ血が流れている。素敵な人生が君には待っている。姉は、いつもどこからか君を見ている。

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