さぁまた1週間が始まりました。今回は月曜日の夜にこのブログを仕込んでおりまする。UPされるのは火曜日のお昼ですな。火曜日は朝から会議が入っているのでいつものように前日の仕込みでございます。
のんさんの前回のブログ。神楽坂について書いてありましたね。私も神楽坂は思い出のある場所です。
毘沙門天の写真もUPされていましたが、ここの境内でお祭りの時だったかな・・・お祭り用に組まれた櫓の上で歌を歌ったことを思い出しました。イロンナコトヤットルネアンタ・・・・
以前ブログでも書いたことがありますが、・・・・神楽坂の路地の奥にあるお店、路地の入口には「なんとか横丁」って書いてあった気がします。
なんだっけかなぁ。そのなんとか横丁一番奥にあるJazz喫茶とでもいいましょうか そのお店”コーナーポケット”さんに集まるメンバーで結成されていた「神楽坂やりっぱなしバンド」というバンドに当時所属しておりまして、そこで歌っておりました。
その関係で、なぜかお祭りの櫓(やぐら)の上で歌ったんですよ。何を歌ったんだっけかな・・・・お祭りだからと昭和の香りたっぷりな歌謡曲を何曲か歌った気がします。
いやー懐かしいですな。そういやぁ~コーナーポケットさんって今はどうなっているのかしら・・・なんて思いましてネットでググったら・・・・・なんと・なんと・なんと・・・・・
マスターの松浦さんは昨年5月に病気でお亡くなりになっていて、お店は閉店していることがわかりました。
”神楽坂コーナーポケットさん閉店”
そういえばお店の中に1枚だけ「神楽坂やりっぱなしバンド」のポスターが貼ってありました。私も写っておりました。あれもう1回見たかったなぁ。
この「神楽坂やりっぱなしバンド」は大人数で形成されていたので人づきあいが苦手な私にはバンドに縛られること無く、丁度良い距離感で、居心地が良かったのかもしれません。私にしては珍しく一人でふらっとお店に顔を出したり、マスターとおしゃべりしていたんですよねぇ。当時のバンドのメンバーは今どうしているんでしょうか。
この「神楽坂やりっぱなしバンド」で歌う時はマキさんという女性とツインボーカルでやってました。ライブは何回かやったけれど、練習はいつやっていたんだろか。あまり練習をした記憶が無い。いや、そんなはずはないよね。
もうただのボケ老人です。当時はかなりバンドを掛け持ちしていたので、記憶が非常にあいまいです。
あ!確か英語の曲で全然覚えられんかった曲が1曲あって、その曲はマキさんがメインボーカルだったので、まぁいいか。。。っと足元にカンペの紙を置き、そこにコーラス部分の英語をリハーサルの最中にマジックで書きまくったシーンを今めっちゃ思い出しましたよ。
なんと曲名まで思い出しました。マンハッタントランスファーのBirdlandです。これがどーしても歌詞が覚えられなかったんですよねぇ。結局カンペに書いた歌詞はライブが始まると暗くて全く読めなかったんだけどね。
あの時の音源や写真って全く手元に残ってないけれど誰かもっている人がいるのかなぁ。いたらコピーさせてほしいなぁ。当時の自分を見てみたい気がします。
またまたのんさんのブログから遠い日の思い出の映像がよみがえりました。毘沙門天の写真からまさかコーナーポケットの閉店にたどり着くとは・・・それもマスターの亡くなられた5月に。
これも何かのご縁かもしれません・・・マスターの家族葬に流したと言うこのcorner pocketを聴いて遠いあの日の松浦さんの笑顔を懐かしむとします。
魔女になるのも大変だ!Jun-JUNON





