昨日ののんさんのブログ

叔母さんはなぜ姪っ子や甥っ子に

〇〇ちゃんと名前を呼ばせるのか・・・・

 

はい。私も姪っ子に「JUNちゃん」と呼んでもらっています

 

おばさん・・・という響きは、ちょっとというかだ~いぶ嫌です。プンプン

 

多分叔母さんになる時って微妙なお年頃と重なる事が多いのではないでしょうか?

 

「おばさん」・・・・って呼ばれたくないなぁ

 

当時非常にそう思いました。はい。

 

 

まぁ既に「おばさん」を超越した今となっても

自分自身を「おばさん」と言葉にだして称することはありません。

 

どんなに年を重ねても死ぬまで「JUNちゃん」でいたいと思います。

 

たまに「おぢさん」と称することは

あるかもしれん・・・・グラサン

 

自分がもし、おばぁちゃんになったとしても「JUNちゃん」って呼んでもらいたいと思います。

 

そんなことを考えながら過ごした土曜日でした。

 

さて、今日の午前中は少しゆっくりできるのでOSHOさんとおしゃべりしようと思います。

 

そんな日曜日の朝に手元にやってきたカードは

OSHOカードの14番統合「INTEGRATION」です。

 

 

なんとなくこのカードも内側を表しているカードのような気がします

 

カードを見ると赤と青の光の中に二人で一人のような人物が描かれている構図になっており、その人物の周りには相反するモノ例えば、攻撃的な鳥・・・これ鷲かしら?と優雅な白鳥と。。。あと太陽と月、そして一番下の蛇は・・・自分のしっぽをくわえてる。ウロボロスの蛇なのかな?

 

ではでは早速OSHOさんの言葉を聞いていこうと思います

 

「争いや駆け引きは自分の中にある。そこで解決しなければ、他のどこでも解決できない。駆け引きはあなたの内側にある。心のふたつの陣営の間にある。ひじょうに小さな架け橋が存在している。もしその橋が何かの事故で壊れていたら、その人は分離する。ふたりの人物になる」

 

なるほど・・・つまりキョロキョロえーニヤリ

 

人というものは相反するものの集合体という事なんですね

 

そうですよね。人って様々な面を持っていると言うのが一般的ですもんね。

 

解説書にもそうありました

 

「私たちは鷲と白鳥、つまり男性と女性。火と水、生と死が統一されたものです。」

 

光の部分と闇の部分・・・人は自分の内側に様々なエネルギーを抱えています。そういった様々なエネルギーを「統一」していく作業を日々行っていると思うのですが、実はそれを人生と呼ぶのかもしれないなぁ・・なぁんて思いました。

 

カードの構図を改めてみてみると

 

 

手には陰陽のマークを持っています。これは自分の内側にある陰と陽を現しているのですね。そうか、内なる相反するものは、バラバラに存在しているわけではなくて、この陰陽のマークのように相互に引き合っているということなのではないでしょうか。

 

陰と陽は交じり合っているということなんですね。陰の中には陽が、陽の中には陰があるということ。そのどちらも必要だってことか・・・

 

先程のOSHOさんの言葉で実は省いてしまった橋が壊れる原因の部分は消してはいけないキーワードだったかも!・・・てへぺろ

 

「生理的な欠陥や他の何かで壊れていたら」

 

この部分です。

 

これは橋を壊してしまう原因は自分自身の中にあると言っているのですね

 

逆に言えば「相反するものを恐れず、目の前にある変化を受け入れる事が出来れば橋を壊すことはないという事かもしれません。

 

さらにOSHOさんの言葉は続きます

 

「もしこの橋が強められ、ふたつの心がふたつ別々のものとしては消え、ひとつになるくらいになったら、その時こそ「統合」がさらには「結晶化」が生じる。「実存の結晶化」はこのふたつのものがひとつになることにほかならない」

 

なるほどねぇ。えーこのカードが出てくるときは自分の内側のエネルギーが何らかの目的をもって一つにまとまろうとしている時なのかなぁと思いました。

 

そして光の部分だけでなく、暗闇の部分も受け入れて、目の前に来ることを自分自身の責任で向き合っていくという・・・・・

 

あぁあああ・・・深い・・・深いですね。

 

これ「腹をくくらんと何も進まんよ」・・・っちゅーことかぁ

 

結局・薬局・放送局

(のんさんの真似・昭和の女)口笛えーニヤリ

 

 

答えは全て自分の中にあるという事っすね

 

 

 

 

魔女になるのも大変だ!Jun-JUNON