はっきり書いてしまおう。
私の主治医はとても若い。
とっても、だ。
なんなら息子より若い。
大学病院での細胞診の時。
あれほど痛いと聞いていたのに、全く痛くなかった。
すごく痛いと良く聞くのですけど…なんておしゃべりしてたから、拍子抜けして先生の顔をみた。
ちょうどその時「とれてません」という検査技師さんの無情の声。
もう一度とります、と言った医師の手が震えているのをみた。
じゃあ、なぜその医師の言うまま、大学病院じゃなく、地域病院へついて行ったのか。
良性となると大学病院では、最低でも半年は手術待ちになる。
たまたま時期的に、仕事は落ち着いていた。
今なら休めるから、今のうちに取った方がいいよという同僚の声が背中を押した。
一抹の不安があったけど…。
いざ手術日が決まると、立て続けに新規の訪問が入り、絶望的な忙しさがやってきていた。
弱小訪看にとって、断るなんて文字はない。
なんでも、引き受ける。
できるだけ、ルートは作って入院しなければならず、いろんなことを考える余裕もなかった。
しばらく待機電話をもてないから、それを持っていたことも理由の一つだった。
絶望的な暑さ。
暑さを感じ取る力の弱い高齢者にとっては、目に見えぬ死神に囲われて生活するようなもの。
夜中のコールも多かった。
つまり、主治医にとっては。
腫瘍で、顔面神経麻痺リスクはあるが、良性であり、良い経験になるわけだ。
それをわかっていても、他にも医師はいるからと思って病院を変える決断をいとも簡単にしてしまった私。
あんたって、ばか?って何度も息子に言われた。
ダメだろ、質問に答えられないやつに手術してもらうなんて。
勉強してきますって?臨床の場で、それを言う医者って何?
ううう
なんできちんとした判断があの時出来なかったんだろう。
入院手続きの時に、手術に入る医師の数を確認した。
どうしました?と聞かれ、正直に不安を伝えた。
わからないけれど、1人ということは絶対にないし、かならず手術に入る医師全ての顔ぶれを確認できるよう、前日に診察するよう伝えておきます、と担当看護師は言っていた。
そして、前日の耳鼻科医師全員の診察だったわけだ。
でも、やっぱりどこか不安だった。
何度話しても、傷はきれいですよ。
腫れがひくまでひと月くらいかかります。
そう言われてしまう。
この腫れは、術後の腫れなんですか?
そうですね。
そう言われたら、何も言い返せず。
毎晩自問自答する。
本当にこれで大丈夫なの?この圧迫感は何?
腫れは全くひいてないよね?
むしろ、腫れたよね?
家族に尋ねても、わずかな違いなど気が付かないし、気持ち悪いと言われて終わる。
もう限界、そう思って予定外で診察依頼の電話をしたのが先週金曜日。
すぐ来てくださいと言われるかと思いきや、月曜日は休みなので火曜日に、というなんとも言えない返事だった。
今週火曜日
このブヨブヨってなんですか?さすがにおかしくないですか?
また、傷は綺麗ですけどねという。
傷じゃないとこが内出血してますね…ちょっと待ってください。
隣の診察室の医師を呼んできた。
これで何度目だろうか、お隣に尋ねにいくの。
え?これ、いつからなの?唾液瘻だね。
どんなに細かく縫っても、間から唾液が外に出てきてしまって貯まることがあるんです、それですね。
大丈夫、必ず治りますよ。
私の肩を叩き、その医師は言った。
針を刺し、シリンジで中身を回収する。
量はそんなに多くない、血液混じりの唾液。
それを耳の裏から取った。
圧迫してもらい、その圧迫してるガーゼは、今日入浴する時に取って良いです、と言われた。
一気に首元が楽になった。
そうか、私鎖骨の辺りまで痛かったんだ。
良かった。
そう思ってる時、その医師はぽつりとつぶやいた。
時間はかかりますけどね、と。