私の顔面麻痺について、改めて書いてみようと思う。
一昨年の10月、それはそれは忙しい毎日でした。
自宅をやむなく売却、引越し作業、主人との同居…。
主人までも食わせていかなきゃならないわけで、仕事を休んでなどいられず。
人によっては、それがストレスだったんじゃないか、とか、気が緩んだんじゃないか、とか、いろいろ言われました。
頑張ろうと思って入学した大学も負担でした。
書きなれない論文。
実は入院中も、点滴下げてラウンジで勉強してましたっけ。
とにかく、忙しさが抜けたあたりの10月末でした。
4日前から内服しても止まない頭痛に悩んでましたが、頭痛はいつもの事だからと、もちろん病院など行きません。
いつもなら、少しは薬が効くのになぁ、あれ?頭痛じゃないのかな?一体どこが痛いのだろう?と思いながら薬を飲んでました。
顔面麻痺発症の前日、右耳が痛いのかもしれないと気づいたんですけど、かもしれない程度。
その時、なぜ病院行かなかったかと何度も後悔しました…
で、出勤前にシャワーして眉を書こうとした時、ふと違和感を感じたのです。
あれ?私の眉って、こんなんだった?右下がってる?って。
駅に向かう道すがら、何度も口を膨らませて、息が漏れないことを確認しました。
まさか、顔面麻痺じゃないよね?って。
通勤時間は約2時間近いので、職場に着く頃には明らか異変が。
コーヒーを飲んだら右の口角から流れてしまう。
タバコを吸いたくても、吸えませんでした。
でも夜勤のドタキャンは多大な迷惑をかけてしまう…。
自分の体調を考えないように仕事をはじめました。
誰にも言わず…。
23時頃になると、右瞼の痙攣が止まらず、止まった時には、閉じなくなっていました。
鼻も引っ張られている感じで、右だけ閉塞しています。
話しは通じるようですが、話しにくさはあり、うまく舌が動いていないようでした。
おでこにシワも寄せられません。
立派な右顔面麻痺です。
考えました。
頭痛→ヘルペス?→ハント麻痺?
もし脳腫瘍だったら…。
長い長い夜勤でした。
自分の勤務する病院で診てもらう事だけは避けたい。
万が一、最悪の結末だった時、取り乱す自分を誰にも見せたくない、そんな思いでじっと耐えてました。
翌朝、わざわざ自宅近くの脳外科を予約し、順番繰り上げでMRIを撮っていただきました。
頭はクリア。
泣きそうになったのを覚えています。
とりあえず、脳腫瘍じゃなくてよかった、と。
そこのDr.に「これから頑張って治してください」と言われたのを良く覚えています。
頑張る?って思ったので。
脳外科で治療してもよいが、本来耳鼻科が担当だからと近医を紹介されました。
その耳鼻科で「これはきちんと点滴治療できる大きいところに行った方がよい」と市民病院を紹介されました。
たらい回し💦
発症から3日目に市民病院耳鼻科を受診。
毎日同じ検査する意味?と思いながら…。
そこで、言われた言葉は忘れられません。
「あなたの顔面麻痺はハント麻痺。それも重症です。予後不良」
予後不良?それって、死ぬことみたいじゃん!!!
しかも、ここではみれないと言うではありませんか…。
耳鼻科の常勤がおらず、入院とれません。
あなたは入院が必要ですよ、と言うのです。
え、仕事どうなる?生活どうなる?
ぐるぐるして、廊下で紹介状を待つ間、倒れるんじゃないかと思うほど落ち込んだのを覚えています。
耳鼻科のナースに「心中お察し致します」って言われましたもん。
翌日、大学病院を受診して入院となりました。
治療はパルス療法。
ステロイドを入れるわけです。
血糖コントロールも必要となります。
軽くならマッサージしてもよい、まだあまり動かさない方がいい、人によって言うことが違います。
治療の効果はすぐ現れないと知ってても焦る。
何日入院しなきゃなのか。
コロナのため、面会もできず、1人悶々と悩む日々でした。
血糖コントロールのため、間食もできず、とにかく空腹(笑)
いろんなことを食べることで乗り越えてきた私ですから、これは痛かった。
禁煙もつらかった。
はっきりいって、生きてるんだから顔なんてどうでも良いくらいの気持ちで過ごしてました。
提出しなきゃならない小論文。
期限に間に合わせたい!資料がない!
治療のせいでトイレ頻回だし、突然ぽっかりできた休みなせいか、とにかく眠くて眠くて。
2週間、病院に閉じ込められました。
翌日から仕事に行ったものの、麻痺の程度はかわらない。
2ヶ月くらいたった頃、ようやく少し改善の兆しが見えました。
温泉で温めマッサージすると、コリがほぐれるようで気持ちよく、動きも良くなった気がしました。
良くなった、という実感はここまで。
そこからは、相反する後遺症との闘いが始まりました。
長くなったので、続きはまたいつか。