ただいま。
無事に帰ってきました。
ライブについて
話そうって思うのだけど
実は言葉にできずにいました。
なんだか
あの日を思い出し
そして
今を元気に生きている
その事を考えると
楽しかったよ
だけの括りじゃだめな気がして。
コンサート会場は
テレビで放送されていた通り。
宮城のひとめぼれスタジアム。
音漏れを聴きにきた人を含めると
かなりの人数が集まっていました。
みなさんは、ご存知ですか?
ひとめぼれスタジアムのある
グランディ21
ここは
震災の時
遺体安置所となった場所です。
もう二度と
ライブ会場として使用困難だと思っていた時に
あの桑田佳祐さんがライブを行ったことでも有名です。
その地でライブを行う。
私は、本当に、本当に嬉しかった。
ミヤネ屋でも言ってたけれど
芸能人らしいやり方で
復興へのお手伝い。
嬉しくて、ありがたくて。
だからこそ
何が何でも行きたいと思いました。
そこで何を歌い
何を語るのか
この耳で、この目で確かめたかったのです。
幸運にもチケットが取れた時から
すでに仙台、宮城全体はパニックでしたね。
お隣の岩手盛岡の宿もとれない状態でした。
宿泊せずに
車で往復する計画は
想像するだけで過酷でした。
仕事を終えての旅立ちは
本気じゃなきゃ行けないくらい遠い旅路。
でも
本当に、本当に
行ってよかった。
2日たった今思い出しても
胸が熱くなります。
どこの局でも放送された通り
中日1日休んでの4日間
20万人動員。
フェスらしく
東北の美味しいものが軒を並べました。
音漏れを聴きにきた人もたくさんいましたね。
4日間、雨に当たらずに
無事に公演できたのは
たくさんの人々の思いの強さだったのかもしれません。
レポはいらないよね。
どんな時だって
お客さんを最高に楽しませる人達が
自分達も全力で楽しんでる公演でした。
そこに流された映像は
宮城の四季。
美しい街並み
田園風景。
朝日を浴び、日が落ちる。
人々の息づく風景でした。
ここにも、嵐ならではの心遣いを感じました。
アレンジも宮城ならでは。
たくさんの高校生と一緒にうたった
『感謝カンゲキ雨嵐』
胸を打たれました。
みんな震災を乗り越えて、うたってきた子供達でした。
Mステの中継もあり
本物のお祭りのようでした。
いつもと同じ
ライブのラストは
メンバー一人一人の挨拶。
そこにも、いつも通り個性が光ります。
相葉ちゃんは、明るく。
ファンへの感謝。
大ちゃんもそうでした。
すこし、ごちゃごちゃしちゃって
笑ってしまいました。
にのは、ちょっと遠回しな
肩の力を抜く時も大事だよ…っていう話。
彼らしい、応援だと思いました。
そして、翔くん。
彼は本当になんでもソツなくこなすナイスガイですからね。
関係各所へのお礼はきちんと話してました。
絞り出すように
ゆっくりと
でも思いつめた
「もう あんな 悲しいこと 繰り返しちゃだめだ」
「二度と あんな 悲しいことは 繰り返してはいけない」
まるで、あの時を目の前にしてるかのような声でした。
五万二千の観衆は固唾を飲んで聴いてましたね。
その時、娘がすすり泣くのが聞こえました。
もちろん、私も泣いていました。
たぶん、みんな泣いていたと。
そして、ラストは潤くんでした。
彼がどんな思いで、宮城を訪れているか。
よくわかっています。
震災後、よく話していたこと。
「つらいね 本当に 苦しくて でも。
ひとりじゃないよ。
だって、この空はつながっているんだから」
同じことを話しました。
途中、涙で言葉を詰まらせていました。
震えていました。
「この曲で、終わりです」
『果てない空』
みなさん、この曲を知ってますか?
今一度、聴いてみてください。
スポットライトは、全て空を照らしました。
鎮魂のレクイエムです。
ずっと、真っ暗な空をみつめながら
聴きました。
涙は、とめどなく流れ
一度思い出した悲しい思い出は
次から次へと湧き
周りの景色が見えなくなりました。
帰りのシャトルバスを待つ間。
「これで、また明日から頑張っていける気がする」
娘がポツリと話してました。
なんて言っていいのか、わからないんだけどね。
やっぱり、時間の経過と共に
全ての出来事は過去となり
風化していくんだと実感したの。
それではだめなんだと
忘れちゃだめだと
まだ、終わってなんかいない
そう、教えられた公演でした。
まだ、疲れから抜け出れてない。
疲れだけじゃなくて
なんとも言えない重い気持ちのままでいました。
うまく伝えられず、もどかしい。
ひとつ、言えるのは。
あれだけの公演を
たくさんの人の力をひとつにまとめ
成功することができたのは
やっぱり嵐だからこそ…だと。
あいつら
本当に凄い!って
たくさんの拍手を送りたい。
そんな思いです。






