夕食を食べ過ぎて、ソファで意識を失っていた。
いけない。
明日はリーダー業務だし、寝ないと…と起き上がった。
不意に目に入ったテレビ。
「火垂るの墓」
私は、この映画が嫌いだ。
映画が悪いんじゃなくて、正面から向き合うに耐え難いから。
初めてこの映画を観たのは、高校生の時。
誰の授業かは忘れたけど、視聴覚室で観せられた。
周囲がボロボロに泣いてるのを、唖然と眺めた記憶がある。
たしかに、切ないかもしれない。
でも、涙はでなかった。
「涙が止まらないよ、なんで泣かないの?」
そんなことを友人に言われた。
なんで涙はでないのか?
わからなかった。
次に観たのは、息子が小学校に入る前だっただろうか。
節子が日に日に弱っていく。
まだ若き清太にのしかかる重荷と狂気。
観ていられなくなった。
節子が息を引き取り
まだ元気だった頃の節子が楽しげに笑う。
決壊した。
号泣。
若き日には、わからない感情だったのか。
子を産み育て、私の何かが変化したのだろうか。
とっさに観てはいけない…と思った。
今日は重たい話題に触れたくない。
なのに、結局観てしまった。
何度も立ち上がろうと思った。
でも、結局エンドロールまで観ていた。
泣いたりはしなかった。
この時代背景を考察したり
節子の病について話し合ったり
冷たかった叔母の思い
様々なことを思いながら観ていた。
おそらく、母を亡くした空襲から
数ヶ月間の出来事であろう。
ホタルは飛び、草木も青々とした季節のまま終わった。
空襲の時に、いっそ親子で死ねたらよかったのに。
だから。
絶対に繰り返してはいけない過去なんだ。
命を粗末にしてはいけない。
命より大切なものなんてない。
国や人種の違いなんて関係ない。
幸せに暮らす権利は、誰もが平等なんだ。
そんな未来をつくってほしい。
という、再確認するための
この時期の放送なんだよね。
疲れたなぁ。
でも、美味しく好きなものをたらふく食べて、安全に暮らしていけるのだから
幸せだと噛み締めていかなければ。
