先日土曜日、CTの検査結果を母をバイクの後ろに乗せて聞きに行って来ました。


結果は問題なし。
先生もここまできて再発はないだろうという見解です。

完治まで3カ月と少し(最後の手術が10/3)となり、次回最後のCT検査を12/11の予定です。

その後は市のがん検診とかで2、3年に1回程度、大腸検査や胃カメラをやれば良いと言われました。


帰りはオーケーストアに寄って買い物して、更にお弁当も買って上のスペースで安上がりなお昼お弁当

そのあとは臨港パークに立ち寄り波



母は横浜が大好き。


6/12のCT検査の時には山下公園からマリンルージュ号に乗って1時間周遊コースを堪能船

頭の中ではサザンの『LOVE AFFAIR』がずっと流れて、実際携帯に入ってたのでイヤホンで聴いたりしてましたが、航海の最後の方には船内にかかってましたおねがい

5月に山下公園に来た時に意外にも大きい船に乗りたがっていて、その時はばら園目当てだったので見送りました。

6/12のCT検査時に行った時は貸し切りで乗れず、シーバスで我慢してもらったので、今回やっと乗れて嬉しそうでした。

母が喜ぶことを考えて毎回出掛けていますが、こんな普通に見える母も、認知はかなり進行しています。

今はもう私の指示なしでは何も出来ません。
服を着替えること、服をハンガーにかけること、ご飯をよそうこと、洗濯を干すことetc…

いろんなことが私の指示待ちになりました。

本人的に一番不安なのは鍵の開け締めのようで、夜中でも朝方でも何度も何度もドアの外でガチャガチャやっています。

その音で私は目覚めます。

母は私が仕事の時はデイに行ってるのですが、朝は私の方が40分ほど早くに家を出ます。
帰りはその日に寄りけりですが、母の方が若干早いです。

今日はお家に帰ってから、もう一度出ようとして鍵の開け締めが出来なかったようで、そのことにショックを受け、泣いたり癇癪を起こしたりしていました。

デイから帰る前から嫌な予感はしたそうです。

帰ったら鍵は空いてて、母の鍵がキーホルダーとバラバラにテーブルに転がってた。
(いつもはキーホルダーとともに鞄にぶら下げてあります)

そして母は居なかった。
外に見に行くと家の方に戻ってくるとこでした。

もうそこから、鍵の呪縛でパニック状態。

色々と言葉をかけて慰めても、母の苦しみが私には理解しきれないようで、もどかしいです。

デイの送り迎えの人にもケアマネに鍵の不安を持ってることを伝えていて、きちんと見てもらうように、また「見てるから大丈夫ですよ」とか安心するように声かけをしてもらうように頼んでありました。

でも、聞くと帰りは玄関まで来てない様子。

それでも母はデイの人たちはきちんとやってくれてる。私がダメなんだ!と自分が鍵が分からなくなってることに恐怖を感じてるようです。

デイの送り迎えの人に任せておけば大丈夫と言っても、自分が出来なくなったことがショックで、「そういうことじゃない!」と泣き怒り。

「いろんな人に助けてももらおう」と伝えてもダメでした。

「もう、こんなんではデイには行けず、家にずっと居るしかない!」

「家が開けっぱなしになって、家のものが全部なくなる!」

不安から汗だくになって、血圧が一気に下がったのか、フラフラ歩きだしたりしたので何とか寝かせて、冷たいタオルで顔を拭いてあげたりしました。

最終的に自分が持ってる鍵がもうダメ(もしくは自分に鍵はないからもうダメ)と結論付けたようで、私があと2つ同じ鍵を持ってるから大丈夫と伝えると落ち着いてきました。

明日、その鍵で試してみようと。

合鍵はデイの人にも渡すし、これからはやってもらうから大丈夫と伝えましたが、どこまで伝わっているのか納得してるのかは分かりません。

とにかく自分が情けないようで、泣いて泣いて、今はやっと眠りに着いたようです。

これから、こんな波はたくさんやってきますね。
なんとか、乗り越えなくては。

出来なくなってることを自覚できる苦しみ。
またその苦しみを近くで見て、うまい励ましの言葉も見つからない。

悪化するしかない認知症。

どうすればこの先、笑って暮らせるのかな。