私は、靴は毎日のように磨いて、玄関の靴は常にきれいに並べておくことを習慣としています。この習慣を続けるだけで、靴を履くたびに心地よい気持ちになります。靴磨きはスポンジ式の簡単なもので良いし、靴を並べるのも手間はかからないため、習慣化はさほど難しく有りません。
私が日常的に履く靴は、ロックポートの「ワールドツアー」一択です。新品の靴を履いても何年も履いているかのように、私の足に合うからです。この靴は多くのバリエーションがあるので色を茶、黒、その他の順に変えて、アッパーの素材の違いを感じるものの、履き慣れるとどのタイプでも快適に使用できるため、靴の型番が絶版になるまでは履き続けるつもりです。靴との相性は運命的でもあるので、相性の合う靴は、同時に複数持っていても良いと思います。かの高城剛さんも、アディダスの「スタンスミス」を愛してやまないと、著書に書いておられました。
靴を磨くことには、靴の損傷度合いや、靴底の減り具合を確認しながら、靴の痛み具合を確認できます。歩いている最中に靴底がはがれるトラブルを事前に防止したり、靴の替え時を判断する材料となるのです。何よりも、靴がピカピカに輝くプロセスは楽しく、精神的に良いことです。靴磨きは、革靴に限ったことではなく、布の靴でもブラシをかけたり、軽く拭き取ったりすることで、靴を綺麗に保つことができます。
玄関の靴は、機会を見ては靴を並べます。子どもたちは家に帰ると、靴を乱雑にしてうちに入ります。それを私は揃えます。靴を揃えることは、子どもに強制しません。この風景を子どもたちが体感すると、そのうち何も言わなくとも靴をそろえてくれます(とても時間がかかる教育方法だが)。
靴をそろえて並べるということは、緊急時に外出する際にも、迅速な靴の着用に役に立ちます。間違えてほかの靴を履くことも少なくなります。靴をそろえる習慣をつけると、外出時にもその習慣が無意識に行えます。この習慣で、客人としての評価が上がるかは不明ですが、最低限のマナーとして身に着けたほうが良いと思います。
今も、高級料亭などでは、客人の靴を見てその人のステイタスを見極めている習慣があるのかもしれませんが(知らんけど)、靴は別に高級なものでなくとも良いと思います。重要なポイントは、靴を丁寧に履いていることを、ひそかに評価している人々が、この世にいるであろうこと。細かい所作の中に、相手の信頼を勝ち取る本質があること。別に、他人の評価を上げることを目的にすることが主目的では有りませんが、自分の中で、いろいろな物事を整理する習慣は必要と思う今日この頃です。






































