遠巻きの悲鳴があがる。
「警察呼べよ!」
救急車がすぐに来るはずだった。
男は女の首筋を喰らっていた。
一心不乱の様だった。
それを見るだけで、誰も何も出来ない。
ナカタは携帯で110を鳴らす。
もしかしたらさっき会った警官が来るかも知れないと思った。
どこからともなく、一際大きい悲鳴が響いた。
「お母さん!」
声の方を向くと、中学生程の見かけの女の子が立っていた。
為されるがままの血塗れの女の方を、体を震わせながら見ていた。
何てこった。
物凄い残酷な場面じゃねぇか。
その少女は、十メートルの距離から一歩ずつ近付いて行く。
ダメだ、行ったら。
ナカタは声が出なかった。
女に噛み付いていた男が、その子の方を見遣る。
顔の半分が女の血で染まっていた。
少女はそれと目が合うと、その場にへたりこんだ。
男が何とか身を起こそうとしていた。
少女はショック状態で殆ど意識が飛んでしまい、立ち上がって逃げる事が出来ない。
男は少女を的として捉えている。
見かねた取り巻きの中年女性が少女に駆け寄った。
男が立ち上がる。
ダメだ、やられちまう。
ナカタは手近に得物を探すが見当たらない。
目線を戻す。
少女を背後から抱え起こそうと中年女性が突っ張っている僅か三メートル先に男がそれを凝視して立っていた。
「逃げろ!」
取り巻きは叫ぶだけだ。
何にも出来ねぇ。
ナカタも同じとこにいた。
いよいよ男がしゃがみこむ二人にかかろうとした。
と、一台の自転車が男の横から突っ込み、男はそれを受けて転んだ。
自転車は中学生ぐらいの少年が運転していた。
少年も自転車と転がる。
大の大人が十人ぐらいいてこの有り様だった。
恐いもの知らずの勇み足だとしても、その行為が二人の寿命を延ばしたのは間違いなかった。
男はうつ伏せに倒れたが、ゆっくり仰向くと、それから上半身を起き上がらせた。
ダメだ、すぐに立ち上がっちまう。
動きを止めないと。
少年は自転車を起こすと、それを停めて、踞る二人の方へ駆け寄った。
「いい加減にしろ!」
叫ぶ声がするので、そちらを見た。
中華料理屋の店主が柄の長いモップを持って店から男の傍に近寄っていく。
「早く逃げろ」
三人に向かって言う。
男は片足を庇うように立ち上がった。
目を剥いて、もはや人間性が無くなっていた。
何だか檄を飛ばされたようで、ナカタは店主の後ろに駆け寄った。
得物を持っていないのと軽装なのが不安でしょうがないが、とりあえず男と距離をとって相向かう。
「噛まれたらヤバいすよ」
安いアドバイスを店主に放る。
「あいつ勇敢だろ」
「え?」
店主は離れてく少年を見遣る。
「ありゃ俺の倅だ」
なるほどね。
こりゃ死なせる訳にはいかねぇわ。
急に使命感が通う。
警官が来るまでの辛抱だ。
ナカタは少年の残した自転車を担ぎ上げた。
※上記一切は創作につきフィクションです。