五時に目が覚めた。
結局一時間も眠れなかった。
照明から機械類は全て電源を消していたが、自分の落ち着かない拍動が耳に障り、目を瞑れば不安な目先に思い当たりで、眠気が失せていった。
こんな事が連日続いている。
疲れもとれないし、相当滅入っていた。
体が重い。
ぐったりした半身を起こして、とりあえず煙草に火をつけた。
カーテンの向こうからは、明りが差してきていた。
それでまた気持ちが萎える。
ふと顎を触ると、髭が棘のように在るのが分かった。
さっき剃ったんだけどな。
普段のに輪をかけて、今日もまた酷い顔をしているだろう。
そう思い、力なく笑う。
面白くなかったが、自分自身を嘲笑した。
飲み残しのウイスキーがグラスにあったので、気付けにと一気に飲み干した後、ナカタはすぐに二本目の煙草に火をつけた。
引き出しの奥に住まわせていた錠剤を取り出した。
これらはいざという時の為、効き目がありそうなモノを譲り受けたりして溜め込んでいた。
種類が違うものが、全部で50錠ぐらいある。
眠れない時や、気持ちが浮かない時に飲むと効くと言われているものだ。
こんなものを切り札に考えてきたなんて、惨めなものだと思った。
ナカタは死のうと思っていた。
いつかは自ら命を落とす事を仄かに予期して生きてきたが、それが今日になった。
さっき決めた事だった。
もう疲れた。
仕方なかった事ばかりなのに、都度いちいち悔やみに苛まれる。
何をやってもそんな負債をくり返してきた。
その内に、俺は何をしてもそういう具合なんだとナカタは思うようになっていた。
浅くて安い思い込みかも知れない。
ただ、何の甲斐も感じられない苦しみを終わらせられるなら、もう他の事はどうでも良かった。
煙草を三本吸ってから、ようやくもたもた準備を始めた。
昨日クリーニングからあがったYシャツの袖に腕を通し、スラックスに足をくぐらす。
腰回りの肉が大分なくなったよなぁ。
ベルトを通さないとズボンが落っこちちまう。
何の運動もしてないのに、随分痩せたもんだ。
ナカタが今年受けた健診では、受けた限りの項目には何の問題もないとの事だった。
ただ体重が去年と10キロ違った。
食事の量が減ったからかな。
量が減ったのかどうかもナカタにはいちいち覚えもなかったが、他に考えられそうな理由もなかった。
痩せたいって願い事をした訳でもないのに。
余計なお世話だよ。
人間じゃない何者かの采配があるんなら、そこら辺からしてずれてるんだよなぁ。
まぁそんなもん、いる訳ねぇけどな。
今は何を思っても間抜けだし、不愉快だった。
電気は全て消した筈だ。
機器に関して、ナカタはコンセントから抜くタイプの人間だった。
狭い住まいだが、いちいち気になって、出かける前にもう一回りチェックしてしまう。
外出前の都度、それをしてしまう。
煙草を吸うので、灰皿に残り火がないかも合わせて見やる。
やっぱりちゃんと消えていた。
流石は習慣だな。
一瞬しょうもない自負が芽生えた。
そんな事で、くだらねぇ。
ナカタは舌打ちすると、冷蔵庫の脇に立てといた未開封のウイスキーの大瓶を鞄に押しこんだ。
外出前に洗面所の鏡台の前に顔を突きだし、青白い顔を眺めた。
ブスだなぁ。
目の下の隈が酷い事になっている。
見上げると配電盤があった。
ブレーカーを落とした。
始めっからそうすれば良かったと今更気付いた。
要領を得ないよなぁ。
玄関で履き草臥れた革靴を履くと、ドアを開いた。
すぐに鍵を閉める。
これは無意識にする事があって、一瞬の動作だから、しばらく歩いてから家の鍵をかけただろうかと思い至り、来た道を戻る事も一度や二度ではなかった。
ドアノブを握り、ドアが開かないのをガチャガチャと確かめる。
もう二度と戻らないからと、念入りにかました。
自棄になっていた。
外は八月の陽気で、まだ六時だが、これから更に暑くなるのを予見させる具合だった。
アパートを出た。
駅までの途上に公園がある。
ナカタは会社帰りにそこへよく立ち入り、誰もいない時分にベンチにかけてボーッと過ごす事があった。
蝉がうるさい。
風情もクソもねぇな。
ナカタは公園の横を抜けながら、また煙草を取り出し火をつけた。
それでもう四本目だった。
煙草の箱が空になった。
煙草の自販機を見つけ、また同じ箱を選んだ。
今日が人生の最終日の訳だが、まだ煙草の需要はありそうだな。
所詮どちらも多分だけど。
胸が重たい。
煙草を持つ手先が震える。
俺は何をしているんだろう。
紫煙を弱々しく吐き出しながら、ナカタは口元を歪めた。
※上記一切は創作につきフィクションです。