
DJバトルへの道 vol.2
前回vol.1では、僕がどのようにバトルDJに魅力されていったかの経緯を書きました。
今回は、実際にDJバトルに出場するまでの話です。
世界最高峰のDJバトル “DMC”
DJスクール「SDC」に入るまでは、ターンテーブリズムの世界についてほとんど知りませんでした。
どのDJが有名でどんな実績があるかなど、師匠から教えてもらったり、ネットで調べたりするようになります。
DMC WORLD CHAMPIONSHIP
一年に一回開催されるこのDMCが、DJバトルでは世界最高峰の大会ということを知り、過去に発売された大会のDVDを買い漁って勉強しました。
世界大会なので、まずは各国の予選を勝ち抜いたチャンピオンだけがWORLDに進めるというシステムです。
YouTubeで過去のDMCの動画を見漁っていると、一番はじめにガツンとくらったのが、2002年に日本人として初めてDMCで世界チャンピオンになったDJ KENTAROのプレイでした!
この動画は2001年のDMCですが、この中で披露される通称「ジャージャカ」と呼ばれる技は、何回見ても鳥肌が立ちます☝️
こちらが世界チャンピオンになった2002年のDMCでのKENTAROのプレイです☝️
何回見たか分からないくらい好きで、6分間のルーティンはだいたい口で歌えるほど見ました🎶
DJチームという手がある!
DMCには「ソロ部門」と「チーム部門」があって、ソロは文字通り1人での出場。
チーム部門は複数人でチームを組んでのDJプレイを競う部門となります。
このチーム部門において、前人未到の世界5連覇を成し遂げた伝説の日本人DJチームがいます。
それが「キリーク」です。
キリークはDJ YASAとDJ HI-Cの2人組。
このキリークの息のあったチームプレイがめちゃくちゃかっこよくて、僕はすっかりファンになりました!
【2010 DMC WORLD キリークのプレイ】
YASAさんもHI-Cさんも、それぞれがDMCのソロ部門で日本チャンピオンになった経験を待つ超実力派。
その2人がチームを組むのだから、世界最強のコンビになるのは必然的とも言える。
キリークのプレイを生で見たことはないのですが、YASAさんとHI-Cさん、それぞれ個別にお会いしたことがあって、お話をさせてもらったり、DVDにサインをしてもらいました。
2人とも気さくで優しくて、めちゃくちゃいい人たちでした!
現在はキリークを解散して、それぞれがソロで活躍されていますが、今でも大好きな2人です🫶
兄弟DJチーム ”オインゴボインゴ”
DJスクール「SDC」に通って、スクラッチや2枚使いを学ぶようになって2年くらいたった頃、師匠のDOM-AUTOさんがあるDJバトルの主催を務めることになりました。
それがDMCに次いで有名なDJバトルの大会
IDA JAPAN DJ Championships
この大会の特徴は、ソロ部門はもちろんのこと、
ショーカテゴリーという、DMCでいうところのチーム部門があること。
そして、DMCのチーム部門と決定的に違うのが
DJ機材以外の楽器を使ってパフォーマンスすることが認められており、むしろそこで独自性を競うという点です。
僕はこの「DJ以外の楽器」というところでピンと来ました🧐
弟のゆーじはギターが弾ける🎸
兄弟2人でチームを組めば、DJ+ギターのコンビで面白いことができるんじゃないか?
弟のゆーじは、僕の勧めによりほぼ同時期にDJを始めており、彼は音楽的な素養があるのでメキメキと上達していました。
一緒にPerfumeイベントをやっていたこともあり、彼もDJコントローラーでDJしていたのですが、僕が
「ゆーじ、ターンテーブリズムは面白いぞ」
と布教して、機材一式を買わせてSDCにも入会させていました😁笑
ゆーじは、高校生の頃から現在までバンドを組んでギターを弾いているので、ギターの技術は折り紙つき✨
2人ともソロでバトルに出るほどのスキルはまだないけど、もしかしたらチーム部門なら少しは戦えるかもしれない(チーム部門は出場者が少ないので狙い目でもある)
僕たち兄弟は昔から仲が良いので、阿吽の呼吸で、キリークのような息のあったプレイができるような気もする🤝
DJチームを組むなら、ゆーじしかいないと思い、
「俺ら兄弟で、第2のキリークを目指さないか?」
と彼を誘い、兄弟DJチーム「オインゴボインゴ」を結成します。
オインゴボインゴというチーム名の由来ですが、ジョジョの奇妙な冒険 第3部に出てくる敵キャラの名前から取りました。
彼らも兄弟だし、僕たち兄弟も昔からジョジョが大好きなのですんなり決まりました。
【オインゴボインゴブラザーズ!可愛い😘】
オインゴボインゴの快進撃
僕たち兄弟は、SDCのレッスンの時間を合わせて、二人と師匠でIDAのショーカテゴリーへの出場に向けて、ルーティンの構想を練ることになりました。
師匠のDJ DOM-AUTOさんも、個人ではなくチームへの指導は初めて。
3人とも頭をひねりながら、大会の基準である6分間のプレイを考えました。
僕とゆーじは、年齢が7才離れているものの、この年になるとほぼ同世代。
同じようなジャンルのアーティストを好んで聴いてきたり、好きな音楽のセンスが似ているので、大会で使いたい曲の候補を考えるのは割とスムーズでした。
2人ともPerfume、9nineを好きで追いかけていたし、今は虹コンが大好きだし、アイドル好きという点も似たもの同士です🙄笑
ただ、ギターについての知識があるのはゆーじだけなので、DJにギターをどう合わせるかは、かなり考えてくれました。
どうせならギターだけでなく、もっと面白いことをやろうという事になり、僕が少しだけかじったことがある打楽器「カホン」を叩くパートも入れました🪘
そして初めてエントリーしたIDA JAPAN 2018 ショーカテゴリー。
動画審査による予選は無事通過し、広島のクラブで開催される決勝に出場が決まりました!
初めて出るバトルの現場。
会場のMugen5610というクラブは、以前にPerfumeイベントをやったことがある場所だったので、ある程度ステージの感覚はつかめていました。
ただ、日本各地から有名なバトルDJがこぞって集まってきた(ソロ部門はDMCの常連ばかりだった)ので、かなりビビりました😅
本番前に各DJがリハーサルをするのですが、僕たちオインゴボインゴはDJだけでなくギターとカホンの音を出すため、
「なんだこのチームは?」
と有名DJたちからガン見されてしまい、緊張で汗と手の震えが止まらなかったです:;(∩´﹏`∩);:
ショーカテゴリー決勝に残ったのは4組。
オインゴボインゴ以外はチームではなく一人ずつで、DJ以外の機材は鍵盤だったりボタンを押して音を出すサンプラーなどを持参していました。
そして本番。
僕は普段は人前に出ることも、DJする時もあまり緊張しないタイプですが、さすがバトルのステージは訳が違う。
自分の意志とは裏腹に手先が震えて止まらず、細かいミスを連発してしまいました🥺
ゆーじもギターは問題なく弾けていたものの、DJプレイではミスをしており、
「これ、どうやってリカバリーするんだ?」
という危ない瞬間もありました。
ただ、会場のお客さんはぶち上げました🔥
他の出演者と違い、なんせギターの音がバキバキに響くので、めちゃくちゃウケました!
広島は僕らのホームなので、応援に来てくれたDJ仲間たちからの熱い声援も力になりました!
何とか6分間のプレイをやり切り、迎えた結果発表。
「あそこまでミスしたら、さすがに最下位だろうな」という覚悟でいました。
ところが、オインゴボインゴはまさかの3位入賞🥉✨
審査員のコメントも
「DJプレイはまだまだ荒いが、ギターとDJのかけあいが非常にユニーク」
「これぞショーカテゴリーという感じ」
「今回のIDAの目玉になった」
と、僕たちのオリジナル性を評価してくれている様子が伝わりました。
ゆーじとガッチリ握手を交わした僕は、
「もっと頑張れば、オインゴボインゴは日本一になれるかもしれない」
という自信を持つことができました。
緊張はしたものの、初めてのDJバトル出場は本当にいい経験になったし、なにより楽しかったです!
その後のオインゴボインゴ
僕たちオインゴボインゴは、4年連続でIDA JAPANのショーカテゴリーに出場し続けました。
毎年決勝ラウンドに残ることはでき、
2018年 3位🥉
2019年 3位🥉
2020年 4位
2021年 2位🥈
ギターとDJを武器に、オインゴボインゴは着実に結果を残し続けました。
2021年には、ついに日本一まであと一歩という、2位になることができました。
オインゴボインゴの強みは、なんといってもゆーじのギターです🎸
後に、DJ+ギター2人組のチームが出てきましたが(間違いなく俺らの影響だと思う)、そのチームのギターはギターを弾くだけでDJは全くしなかったし、一年で消えました。
DJもギターもできるプレイヤーは、おそらく日本でもゆーじしかいないと思います。
もしかしたら、世界的にも珍しい存在かもしれない。
そのくらい、ギターとDJのコンビというのは珍しく、オインゴボインゴのそのオリジナリティは実力以上にかなりの高評価を得てきました。
僕もゆーじも、個人のDJスキルはまだまだ上位入賞できるレベルではないので…
兄弟ならではの息の合ったコンビプレイも、スキル不足をカバーしたと思います。
【2位になった時のオインゴボインゴの動画】
2022年以降、オインゴボインゴがIDAに出れなかったのには理由があります。
様々な事情があり、IDA JAPANの主催が師匠のDOM-AUTOさんから、東京のあるDJに引き継がれました。
それに伴って、なぜか僕たちが出場していたショーカテゴリーは日本大会からなくなってしまい、オインゴボインゴはIDAへの出場機会を失いました。
現在のIDA JAPANは、東京での現場開催もなくなり、オンラインで動画を送って、勝った人だけがポーランドで行われる世界大会に出るという、なんとも残念な大会になっています。
さらに昨年、弟のゆーじが転職に伴って地元広島を離れ、関東に行ってしまったため、オインゴボインゴは事実上の活動休止状態にあります。
日本一のDJチームを目指した4年間は、僕たち兄弟にとって挑戦の歴史、そして青春そのものでした。
「 DJで日本一になる🇯🇵」
その夢を僕はまだ諦めていません。
できれば兄弟で日本一になりたいのですが、日本のDJバトルからチーム部門がなくなってしまったので、いきなり世界大会を目指すのも悪くないかなと思っています🌍🏆
どうよ、ゆーじ?
お前がやる気になるのを兄はずっと待っているよ。
オインゴボインゴとしてバトルに挑戦できる大会がない以上、僕はDJジョンとして1人で戦うしかありません。
そして、ある大会への出場を決意します。
〜vol.3へつづく〜



