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じゅんさんのブログ

のんびりやってます。

火葬場に着き最期のお別れです。
弟は泣きじゃくって嫌がり、兄は弟の肩に手を回して、私は二人の後ろから二人の肩に手を置き棺が中に入って行くのを見ていました。兄の方は見たことのない顔で泣くのを我慢していました。生まれてから初めて見る息子の顔でした。

二時間、待つ事に。
その間、息子達は元気そうに振舞っていました。
私はというと過呼吸の発作を起こして横になっていました。

二時間後、呼ばれて行くと本当に見たくなかった姿の母。

息子達のお願いで分骨をしてもらう事に。二つの骨壷に母の遺骨をおさめました。

後から聞いた話ですが、息子達は人が死ぬということは骨になる。何日か前には元気だったのに誰だかわからなくなってしまって、人が死ぬことが怖いと初めて思ったと教えてくれました。

息子達にとっては育ての親と言っていいくらいの存在だったので、骨でも一緒にいたかったそうです。分骨してもらった骨壷を大事そうに抱きしめていました。

なんとか全て終えて、これからの生活が変わる事になりました。

ブログを更新していなかった間にも沢山の事が起きて。
何とか今までやってきました。今までの出来事を続いて更新していきます。
気付けば母がいなくなって7ヶ月経とうとしていますが、今も生きているんじゃないかと思ったり何で急に死んでしまったのかと思う時もあります。現実は甘くない。そんな毎日です。
葬儀会場に運ばれる母の遺体。家に帰ってくることは無くなったんだと思いました。
愛犬も元気がなくさみしそうにしていました。
「犬は嫌い!」と口癖で言っていたのに毎日「あんたはいい子だね」と言って私が飼い主なのに寝る時も取り合いで「一緒に寝る」と言っては連れて行ってしまうくらいで、愛犬も母の性格を知っているようで1番嫌がられる顔を舐める事は母にはしませんでした。

さすがに葬儀会場にまでは連れて行けず留守番です。

息子達も愛犬を撫でて何か話していました。

急過ぎたので誰に連絡をしていいかもわからず、人はそんなに来ないだろうと思っていました。

通夜が始まると会場に入れず外にまで人があふれていて、どうやって知ったのかと思うくらいの人に来ていただきました。

皆さんにスライドショーで写真を見てもらいました。写真は私が選び結婚式から兄と私が増えて孫が出来て、孫が大きくなって。

母の一生はどうだったんだろう。苦労したんだろうな。幸せだったかな?
今ではもう聞けないけど幸せな時間もあった?と聞きたい。

次の日の告別式にも沢山の人に来ていただきました。棺に花を入れていき、母に語りかけたり顔を触って泣かれる方、息子達は母の顔のそばでジッと見つめていました。
1人が息子達に優しく言葉をかけて抱きしめてくれました。
棺を閉じる時に弟は泣きじゃくって顔の周りの花を兄と一緒に整えていました。

二人で棺を閉じないようにするかのように。

棺が閉じられ息子達は呆然としていました。
二人の肩に手をかけて火葬場に向かうバスに乗り込みました。

何も喋らずにただ静かに火葬場に向かいました。
葬儀屋が来る前に家族はバタバタしつつ、みんな顔は無表情でした。

息子達を起こして母の元に。

二人とも体が固まったように、ただ呆然としていました。

「ばあちゃん、寝ているみたい」と。。。

葬儀屋が来て葬儀の手続きが機械的に進みました。

家族が用意する物。葬儀屋が用意する物。葬儀の日程。

友引が入った為に二日間は自宅で一緒に過ごすことになりました。

色々と用意して、二日間は私と息子達も一緒に父と母の間で寝ることになりました。
一緒に寝るのはこれが最後だからと。

一日目の夜、愛犬が母のそばに行き様子をうかがっていました。
愛犬も何かおかしいとウロウロして、みんなが寝る時には母のそばから離れずに「クゥーンクゥーン」と悲しんでいました。
息子達も「ばあちゃん、死んじゃったんだよ。そんなに鳴いても起きないんだよ」と話しかけていました。

次の日は息子達は「ピアノの発表会で聞かせるはずだった曲を聞かせる」と言って何度もピアノを弾いていました。

父は一番、憔悴し切って母の髪を撫でて「おい、起きろ。もう朝だぞ。」と話しかけていました。

昼には連絡を受けた人達が来て「なんでぇ!早すぎるじゃないの!」と沢山の人が母の為に泣いてくれました。

その夜が一緒に寝るのは最後。息子達は「ばあちゃんは明日どうなるの?」と不安そうに聞いてきました。
「もう、家に帰ってこないの?」「ばあちゃん、起きそうなのにね」と二人で話しているのを聞いていて私はなんと言ってあげていいのか心の中で迷っていました。

正直、何を言ったか覚えていません。でも、息子達は納得して眠りについたのを見て私も眠りにつきました。

検死結果がわかり、少ししたら部屋に入れるとのこと。

その前にわざわざ検死官の方が一人私のところに来ました。

もう、検死結果も聞いたのにどうしてだろう?と。。。

「本当に待たせてすみませんでした。お母様は苦しんだ形跡が全くないんです。僕が言うのもなんですが、お母様は本当に幸せな死に方をされたと思います。こんな世の中で家族の絆も何なのかわからなくなっているのに、お孫さんと三人で入浴されて家族に気付いてもらえたんですから。最近、孤独死が多いんです。何日も誰にも気付かれず。でも、お母様はお孫さんと一緒に入浴して幸せですね。家族とお風呂に入りたがらない子供が多いのに、お祖母さんと入るなんて優しいお子さんですね。お子さんにとってはショックだと思いますが、死んだ人を調べる僕らにとっては凄い幸せな死に方だと思うんです。お孫さんが元気に浴室から出る姿を最後に見たんでしょうね。 お子さん二人が早く元気になるように大変だとは思いますが頑張って下さい。」

そう、言われて少し救われました。若い検死官の方でしたが、子供達の事を気にして話し掛けてくれたんだと思います。

その後、部屋に入ると片付けの最中でした。私が入ってきのに気付いて母の腕や足を慌てて伸ばしました。

死後硬直で入浴したままの姿でした。
浴槽のフチに腕を乗せて、足を少し曲げたまま。
近付くと寝ているように見えました。
親戚も入ってくるとのことで慌てて母の服を用意しました。
親戚でも裸を見られるなんて母も嫌だろうし私も見られたくなかったので。
検死官の方に服を着せてもらい髪をまとめて親戚を中に入れました。

子供達の様子を見に行くと泣き疲れて二人くっついて寝ていました。

今はまだ騒がしいから朝まで寝させて、ちゃんとした状態になってから。。。

とりあえず、布団に寝ている姿にして葬儀屋が来るのを待つことにしました。
部屋に入ろうとした私を警察官が止めました。

母はどうしているの?

親戚から「今、現場を調べるって入れてもらえないの」と言われオロオロ。

子供達は?慌てて子供部屋に行くとベットで二人とも呆然として座っていました。

私の顔をいた途端「ママ!ばあちゃんが死んじゃった!どうしよう!」と言って下の息子は大泣きし、上の息子は今までの事を話してくれました。

子供達は急に警察官に起こされて何をしていたかを聞かれて、何が起きたのかわからずにいると祖父が動転して祖母が死んだことを伝えてきて祖母と最後に何をしていたか、今まで二人はどこで何をしていて何時に寝たのかを大人に聞くように口調で質問されたと。。。

「ばあちゃんと三人でお風呂に入って、ばあちゃんが珍しく眠いって言ったの。だから、そのまま寝たらダメだよって言って二人で先にお風呂を出て自分達の部屋に戻って寝ちゃった」

「ばあちゃん、今どうしているの?本当に死んじゃったの?どうしよう。。。」

大泣きしている弟を抱き寄せて涙を拭いてあげている兄。

「ママは警察の人の所にいないとダメでしょ?二人でいるから」

本当はそばにいてあげたい気持ちでいるのに、警察から来るように呼ばれ息子達に「心配しなくていいから、二人で寝ててね」そう言って警察官の元に戻りました。

警察官の元に行くと親戚から離れて二人だけで話せる状態に、夕方から今まで何をしていてどこにいたのか。仕事は何をしているのか。

医者がくる時間が遅いため、それまでの間に家の鍵を全部出して誰のものか、母が服用していた薬はないか。生命保険や通帳、貴重品を出して見せるように言われました。
何度も同じ事を聞かれて矛盾がないかチェックもされました。
父は動転していて矛盾しているじゃないか!と言われ「妻が死んでるのを見付けて動転してわからないんです!とりあえず人工呼吸しようとしたんだ」と言っていました。

二時間して医者が到着、すぐに検査結果が出ました。

急性心筋梗塞で即死、湯船にいたにもかかわらず水を飲んでいない。苦しんだ形跡も見られないことから苦しむこともなく亡くなったでしょうと。

その言葉を聞いて誰の検査をしたの?本当にお母さん?なぜ?なぜ?

親戚たちは「そうか、でも若すぎるじゃないか」「そんな即死なんてあるの?」「入浴していて心臓に負担が掛かったんだろうね」

まだ、母を見ていないのに死んだ話をしている。

医者は検査をして本当にすぐに帰って行きました。
ずっと、ブログ放置。

あっという間にもうすぐ7月ですね。

今までイロイロあって、それを少しずつ更新していきます。

今年の1月から友達と知多四国八十八箇所巡りを始めました。

家の近くには徳川家康の産みの母のお於大の方の出身地とお墓があり、そのゆかりのある所も含まれています。

1月はほとんどお遍路さんをやっていました。

2月に入って病院の先生と相談したうえで、体調の良くなる夕方からパートに出るようになりました。

子供達を母親に預けて、給料が出たら母親に何か買ってあげようという気持ちもあって。

でも、3月の初めにかけてきたこともない父親から電話が。。。

なんだか不安になって仕事中に電話を掛け直させてもらいました。

慌て動揺した父の声

「母さんが死んどった!倒れて死んどった!」

一気に頭の中が真っ白に職場の外で荷物を持って、どこに行けばいいのか動転していました。

車に乗らないと!
どうしよう、私が負担をかけたからだ!
嘘なんじゃないか!?

何とか家に着いた時には近くに住む親戚も駆け付けていました。

挨拶なんて出来る余裕がなく部屋に入ろうとしたら警察官に止められました。

父親が動転して110番に先に連絡をしたので、事件扱いです。

何が起きたのかわからずにただ立ちすくむしかなく。。。
ブログ放置してました。

いろいろとあって、入院して自宅で療養です。

今は落ちた体力を戻すのに必死です。

必死すぎて毎日爆睡得意げ

寝れることは良いことだぁ!

でも、急に寒くなって風邪をひいてしまったショック!

こんな調子じゃ年末ゆっくり出来ないなと今から大掃除してます。

年末はささっと済ませるようににひひ

チビ族の私は脚立を片手に家の中をウロウロニコニコ

脚立に乗っても家具の上の掃除はキツイ!

年賀状も今年は早くから用意しましたニコニコ

宛名は喪中の葉書が届く頃だから、まだ書いてません。

今は家を掃除するのが私の仕事です。

昔みたいにバリバリ働きたいなぁ~

まぁ、のんびり体と相談して頑張ります得意げ
時差ボケ&腹痛の次は夏バテですガーン

それで痩せればいいけど、痩せない!!

日焼けも必死に防いでいたけど、焼けたぁ叫び

息子くん達と釣りに行ったりしてたからなぁショック!

おかげで餌つけと魚の裁き方も出来るようにガーン

隣で釣りをしていたオジサンに釣りを教えてもらったにひひ

人見知りを知らない息子くん達はオジサンの横をキープガーン

オモリが足らないよって付けてくれたニコニコ

本よりオジサンのが頼りになるなぁにひひ釣りで仲良くなるのも良いもんだにひひ

飲み物と持ってきてた梨をお礼にニコニコ

息子くん達はオジサンに「毎週、ここにいる?また来る?またね!」って約束してるしえっ

オジサンがくれた魚と息子くん達が釣った魚と格闘して夕食の足しにガーン

大物ってなかなか釣れないのねショック!

だけど、息子くん達が楽しそうだから良かったにひひ
夏休み中に元姑に息子くん達を会わせようと電話

出たかと思ったら…

「何が目的だぁ!?乗り換えの駅と降りる駅を教えて連れてこい!」って怒られたガーン

去年は「頑張って育ててくれたね。ありがとう」って優しく言った人とは大違い叫び

何が目的って金って事?
要求してませんが…

私だったら会いたいって考えて息子くん達を会わせたのにしょぼん

しかも、連れてこい!って…

今更、喧嘩をしたくありませんって言ったのに聞いてくれないしょぼん

横にいた息子くん達は電話から聞こえる声にビビりまくりショック!

結局、「ママは今まで頑張ってきたのにヒドイ!ママは優しいから大好きだよ」って息子くん達になぐさめられましたしょぼん

しかも、一人で泣きたくてお風呂に入ってたら息子くんのお兄ちゃんが入ってきた

私はシャワーで涙を隠していたら湯船で体操座り座りしながら私を見て

「ママはね、泣かなくていいんだよ。ママにはね、味方がたくさんいるんだもん。僕達もだしママの友達も優しい人ばかりだし。みんなママの味方なんだよ。ママが優しいってみんな知ってるんだよ」

ってしょぼんもう、号泣しましたしょぼん

息子くんにこんな言葉をかけてもらえる母親って私だけなんじゃないかってしょぼん

弟くんは照れ屋なので、言葉に出しません。

ぎゅうぎゅうと抱きしめてきて、肩をモミモミ、いつも以上にベッタリして飲み物を持って来てくれるしょぼん

こんなに優しい息子くん達を持ったママは幸せじゃあ!!しょぼん

友達にはあんたは優し過ぎるんだよ!孫を想う祖母の気持ちにまでならないでもいいのに!ってショック!

わかってるよガーン

もう懲りましたショック!

おかげで悪夢を見たしょぼん

過呼吸の発作も出るし、病院の先生には「昔の人にまで気を使い過ぎてるよ」って言われたショック!

あぁ、前を向いて頑張って行くかぁ!!

今年の夏はいろんな事があったなぁあせる
トルコに行ってました。

暑かったからエーゲ海に入ろうとしたら、無茶苦茶冷たくて足だけ入りプールへgo

私の両親が孫の為にと連れていってくれたので、私は荷物持ち兼値段交渉役

帰ってきて時差ボケを初めて味わった

眠くて仕方ない!

しかも、帰ってきて下痢がとまりませんしょぼん

正露丸を一瓶、飲みきったショック!

体が怠いしょぼん

でも、トルコの人は優しかったよラブラブ!