本日は自己哲学とした記事となりますので
興味のある方は是非ご覧頂けたらと思いますので
良ければリラックスしながら見て行ってください✨
では
行きましょう
自分とは
まるで他人の様に思えてきた。
それは今色んな人の事をYouTubeやSNSで考え方や見方
それが見れる様になってから
哲学的な部分の話をよく見ていて
ある一つの結果に辿り着いたから。
最初に気になって意識し始めたのは
アインシュタインが晩年、旅をしていると
1人の少年に出逢って遊んでいた時
アインシュタインが少年にこんな質問をした
「この石はなんでここにあると思う?」
少年は答えた。
「この石は、この石でありたいんだよ。
だからここに在るんだよ。」
凄いな。と
矢沢永吉さんの「矢沢ならなんて言うかな?」
と。
アインシュタインはこんなメッセージも残している。
「アインシュタインはアインシュタインで在りたい」
今になって感銘を受けた。
最近私は、自分の仕事は勿論全力で日々こなし毎日ヘトヘトで、でもそれを評価してくれる上司がいてくれたから頑張れた。
にも関わらず、自分は音楽とお酒が好きな事から
ライブバーでキッチンをやってくれないか?のオファーが来たので
すぐに飛びついて今の仕事をアルバイトに変えて
その仕事もやろうと思った。
自分の好きな事だったからだ。
料理は何でも、酒もバーテンダーをやっていたから申し分ないスキル。
やりたいと思った。
両立出来ると思っていた。
結果
出来なかった。
その前に、これからの宮古島のオンシーズンで仕事を削れば他の人に大きな負担がかかるのもわかっていたのにそれを選んだ。
自分の好きな事、自分が情熱を注げること。
一度しかないない人生。
それが焦りに変わり、周りが見えず
自分の事だけを考えて中途半端な事をしたのだ。
期待してくれていた昼間の仕事の人達を一切無視して突き進もうとした自分がいた。
今までもそうだった。
これからって言う時にいつもその仕事から好きな事に移り辞めていた。
もう少しで昇格。
その時点でこれはクリアしたから次と
まるでゲームの様に自分の人生を歩んできた様に思える。
だから独りぼっちなのだと。
気付いた。
その気付いたものは何か。
それは今まで会得、習得した物が
自分1人では成し得なかったものばかりだと
なのに覚えたら次、次。
教える側に立てばわかるその苦労
ないがしろにしながら自由気ままに歩んできた
当たり前の感謝に気付けていなかった人生
何故生きていられるのか。
それは
料理の作り方を教えてくれた先輩
掃除のし方を教えてくれた先輩
音楽の楽しさを教えてくれた先輩
お酒の楽しさを教えてくれた先輩
色んな事を人生のシーンで全ての人が私の中に何かを残し、通り過ぎて
振り返れば暖かく、些細なことを思い出して笑える瞬間が積み重なり
今の自分が成り立っている。
ようやくわかった。
人は1人では生きれぬと。
何故本当にそう思ったか。
私は
皆んなと生きたいと思ったから。
一度きりの人生。
自分だけの人生。
好きなことをやって終わりたい。
思うがままに生き、思うがままに行く。
それも良い。
しかしこれからは
他人と自分が一緒に作った自分の人生になっていける様に生きたい。
白のキャンバスに
私は筆を持っている。
私は細かな筆も
大きい筆も
丁度いい筆も持っている。
パレットの絵の具はどんな色がある?
その絵の具の色は私ではない皆なのだ。
最後に描ける絵の具は一体何色なんだろう。
それで自画像を描きたい。
どんな絵を描くのかはその時の心が決める。
筆は進む。
きっと綺麗な絵が描ける。
誰にも真似出来ない様なコントラストの
絵が
この世は無であり、有である。
無の中に造られた私が
何を描き、何を見るのか。
タイトル
「大崎恭兵」
晩年描くよ。
会った事もない君の為に。
大崎恭兵が大崎恭兵で居られる様に。
そんな人生を歩んでゆく。
有難いことに
今言える
アインシュタインの様に
大崎恭兵は、大崎恭兵で在りたい✨
長々とご拝読有難うございました。
