● 日本0-1アルゼンチン
● 日本0-1クロアチア
● 日本1-2ジャマイカ(中山)
△ 日本2-2ベルギー(鈴木隆行,稲本)
○ 日本1-0ロシア(稲本)
○ 日本2-0チュニジア(森島、中田英寿)
● 日本0-1トルコ
● 日本1-3オーストラリア(中村俊輔)
△ 日本0-0クロアチア
● 日本1-4ブラジル(玉田)

通算2勝2分6敗 8得点14失点

98年から06年にかけて、3大会に出場した日本代表のワールドカップでの戦績である。
実は、これは何かの資料を見て書いたものでなく、自分の記憶を頼りに書いたものだが、スラスラ書けた。
今まで通算で何百試合を見て来たか分からないが、ことワールドカップに関しては全ての試合が鮮明に記憶に残っている。それがやはりワールドカップというものの重みだろう。

日本が挙げた2つの勝利は、自国開催の2002年のものである。
つまり、今まで日本は海外で行われたワールドカップでは、勝ったことがなかった。
特に、ドイツ大会での2つの逆転負けは我々日本のサッカーファンを失望させるに十分な、屈辱的な負け方だった。
初挑戦の98年、いや、遡れば93年のドーハの悲劇から、日本のサッカーはワールドカップ出場を目指し、そしてそこで勝つことを目指して右肩上がりに成長してきているかに見えた。
しかし、それは幻想だったのだと、誰もが気付いたのが2006年だったのだ。
世界との距離は縮まるどころか、切ないほど遠い-

ジーコの後に就任したイビチャ・オシムは、日本代表史上、最強の監督だった。
中田英寿が引退し、空虚さが漂う日本サッカー界の道標として、世界へ近付く方法を確信しているであろうセルビア人の指導者に、我々は一縷の望みを託した。
日本代表の人気は低迷したが、本当にサッカーを愛している者は残った。オシムを信じていたからだ。

そのオシムが病に倒れたとの一報、それは06年のワールドカップで逆転負けを喫したとき以上の衝撃だった。
オシムは何とか一命を取り留めたが、その回復を待つことなく、代表監督に就任したのは、あの岡田武史であった。

言うまでもなく、岡田武史のワールドカップにおける戦績は3戦全敗である。
普通なら緊急事態とはいえ、日本代表監督に返り咲く資格はない。その岡田が監督に就任した理由は2つある。
表向きの理由は、岡田がJリーグで実績を残したこと。2003,4年に連続して横浜Fマリノスを優勝に導いたことで、一応の箔がついた。
裏側の理由は、岡田が早稲田大学、そして古河電工出身という、日本サッカー協会の主流とも言える経歴の持ち主であったことだ。派閥といってもいい。
ちなみに、代表監督を評価する技術委員会という組織が日本サッカー協会内にはあるが、その技術委員を務めるのが、元日本代表FWの原である。原も、早稲田大学、そして三菱出身という主流派閥であり、しかも早稲田では岡田の後輩にあたる。
先輩後輩の序列が厳しいこの世界、後輩の原が先輩の岡田を裁くなどできようもない。完全なデキレースであり、見るに耐えない人事であった。

岡田のサッカーといえば、一言で言えば「守備的」である。
サッカーの戦術は非常に奥が深く、そして何よりも難しいのが「攻撃的」な戦術を構築することである。
なぜなら、サッカーはロースコアゲームであり、1点入れるのが難しい競技だ。言い換えれば、1点取るよりも、失点しない方が計算できるということである。
つまり、「守備的」な戦術を構築するのはそれほど難しくなく、手っ取り早く結果を出せる方法であるが、問題なのは、それが観客にとって非常に退屈なサッカーであるということだ。
だから、守備的な戦術を採る監督は、たとえ結果を出したとしても長続きしない。サポーターに人気がないからだ。
イビチャ・オシムは攻撃的な戦術を好む監督だった。元来、高さや力強さが重視されるセンターバックの選手にすら、オシムはパスの能力を求めた。要求レベルの高いその戦術を消化するのに時間がかかった代表は、なかなか結果を出せなかったものの、オシムが病に倒れる直前は、完成したときの片鱗を見せ始めていた。あと2年後には、どんなスペクタクルなサッカーを見せてくれるのだろう、そう思わせるだけの魅力がオシムの戦術にはあった。
岡田は就任時、そのオシムの路線を引き継ぐと明言した。
しかし、次第に日本代表は迷走し始める。それは当然のことで、岡田にオシムと同じことができるはずがなかったのだ。
岡田は「接近・展開・連続」という意味不明なキャッチフレーズを持ち出した。何のことはない、早稲田大学ラグビー部伝統の理論である。それをサッカーに応用しようとしたのだが、何しろラグビーの理論だから実現できようもない。すぐにそのキャッチフレーズは消えてしまったが、彼の早稲田愛、そして前時代的な価値観が垣間見え、大いに不安をあおられた。
それでも、岡田は攻撃的サッカーの看板を下ろそうとしなかった。戦術的な裏付けもないままただ、攻撃的にやろうとだけし続けた。

しかし、現実は厳しい。
ワールドカップ予選では、本大会の出場権を得るという最低ノルマは達成したものの、アジアで唯一世界レベルを測れる相手であるオーストラリアに1分1敗。
そして2010年に入り、宿敵韓国相手の2敗を含む、4連敗と、チームは落ちるところまで落ちた。
前田遼一、石川直宏、小笠原満男といった、昨季Jリーグで抜群の存在感を見せた今が旬の選手をチームに組み込む余裕もなく、ワールドカップの直前合宿に突入することになった。
そこで岡田は開き直る。誰かが、岡田の持ち味は開き直りと言ったが、まさに、今までの2年半のチーム作りは何だったんだと言いたくなるような豹変ぶりである。
つまり、自身の拠り所である、守備的戦術へのシフトを断行したのだ。
中村俊輔、中村憲剛、岡崎といった今までの攻撃の中心メンバーを外し、フィジカルの強い本田圭祐を軸に、個人の突破が持ち味の松井、大久保を起用。守備のユーティリティプレイヤー阿部を中盤の底にアンカーとして配置し、完全に守ってカウンター一発に賭ける夢のないサッカーへと移行した。
これは、結局のところ98年への回帰である。
夢のない、サッカー。
弱小と見られている日本が、世界を驚かせるサッカーをすることを、自ら放棄した。
その代わりに得られるものが、薄氷の勝利だとしても、それにどれだけの意味があるだろう。
日本は自ら、弱小国のサッカーを選択したのだ。

そして、結果は1-0の勝利。
横浜Fマリノス時代によく見た、つまらないサッカーを繰り広げ、日本代表は勝利という最低限の結果だけを残した。
チャンスらしいチャンスは、得点機の1度だけ。
ちぐはぐなカメルーンに助けられたのか、もしくは日本の戦術がカメルーンをちぐはぐにさせたのか。

もちろん、日本人として、この勝利は嬉しい。
だが、素直に喜べないのも事実。
一つだけ言えるのは、このサッカーではオランダ相手に何も残せないだろうということだ。
世界のメディアも、初戦に勝った日本に対し、グループリーグ突破は厳しいだろうという見方を変えていない。初戦に勝てば、グループリーグ突破は8割方堅い、という定説があるにも関わらずである。
英BBCは、日本対カメルーンの試合を評して「オランダとデンマークは、何の心配もいらない」と切り捨てた。
それくらい、勝ちを収めた日本のサッカーの評価が低かったということである。

開き直りが持ち味の岡田監督が、次のオランダ戦で、再び開き直って攻撃的に挑んでくれることを願うばかりだ。
たとえオランダに敗れても、デンマークに引き分ければグループリーグ突破の可能性は高まる。
今となっては、16強に残り日本サッカー界に自信を与えることが、岡田が唯一残せる財産なのだ。