情報館内に旧都祁村のジオラマがあるのですその中がロープウェイがあるではありませんか!!
ジオラマに説明書きがあったので読んでみると「昭和26年まで奈良市内(現在のJR京終駅)と都祁(針、小倉まで)を結んでいたロープウェイ」とありました。
その時はカメラを持っていなかったので、昨日カメラを持って行ってきました。
で、撮ってきた写真です!!


ロープウェイの復元模型もありました。

インターネットで調べたら大和高原民族資料館という所に大和高原の索道の地図模型があると知ったので、そちらも行ってきました。
大和高原民族資料館は奈良県山辺郡山添村三ヶ谷にあります。

立派な模型がありました。
副館長のI谷さんにゆっくりと説明していただき、資料もいただいてきました。
大正8年に奈良安全索道株式会社によって索道の架設が始まり大正15年に奈良市京終と小倉の間約16キロを最短距離で結びました。
途中田原、山田、針を中継駅としました。
高原から凍り豆腐の製品や木材、薪炭、米を、高原に向けて凍り豆腐の原料の大豆、にがり、石炭、肥料、建築資材を運ぶのが目的で、人を運ぶためのものではなかったそうです。
ただいつの時代もちゃっかりした人たちがいたようで、人が乗っている写真が展示されていました。

「途中停電すると生きた心地がせんかったわ。肝をつぶしたは」という証言も残っているそうです。
その後凍り豆腐の生産が落ちたことや自動車道が整備されたこともあって昭和27年に廃止されたそうです。
いや~どんな風なロープウェイだったのか想像しただけでも何かわくわくしませんか?