対談25『言わない・聞かない・黙らせたい』
鬱ノ宮高校 番外編Q&A
対談25 『言わない・聞かない・黙らせたい』
七雲: 繰り返しになりますが、
人は嘘をついていると、
その話題には極力触れないようになります。
緑子: ふむ。
七雲: その話題を取り上げる人間にも、
近寄らなくなります。
緑子: あははは。それは身にしみて感じておるぞ。
七雲: それでもしつこく触れ続けると、
我慢できず怒りだす場合もあります。
緑子: それも身にしみておる。
ていうか、ずぅっとそんな目に遭っておる。
七雲: まとめると、こうなります。
触れて欲しくない話題に対し、人はこう対処して身を守ります。
(1)言わない
(2)聞きたくない
(3)言ってる人を黙らせたい
緑子: ああ。まぁめっちゃ抽象化するとそんな感じかの。
具体的に言うと、
原発問題にはひたすら沈黙、
原発関連のサイトやニュースは見たくない、
原発反対を言う人たちは悪人だと思いたがる。
…となるワケじゃ。
七雲: ……。
食の問題に戻りますネ。
無農薬野菜しか食べない人は、市販の普通の野菜を食べません。
そういう場合、普通に食べる人はどう反応するでしょうか。
緑子: むむう。
「どうぞご自由に」、という反応がフツーかな。
七雲: ですよね。
「農薬が危険と言うのは許せない」とまでは、あまり反応しませんよね。
そんなのは個人の自由だからです。
多数派の食べる人たちも、
通常そのくらいの分別と寛容性は持っています。
緑子: ところが放射性物質になると、
突然「危険と言うのは絶対許せない」となってしまう。
七雲: はい。
農薬も放射能も、政府が現在のレベルは安全と言っている点は同じ。
過度に摂取すると、命の危険がある点も同じ。
現行の基準を、安全と信じる人と信じない人がいる点も同じ。
緑子: ふむ。
七雲: ですが、無農薬は許せても放射能忌避は許せない、となってしまう。
その最後の結論の違いはなぜ起きるのでしょうか。
無農薬野菜のように、
違う意見をなぜ尊重できない のでしょうか。
緑子: それが、自分に嘘をついてるかついてないかの違い、
と言いたいんじゃな。
七雲: はい。
農薬は安全だと心の底から思ってるからこそ、
無農薬野菜フリークを暖かい目で許せる。
で、逆もまた真。
緑子: 「あらあら無農薬?
わざわざ高いおカネ出してご苦労様。私は買わないけど」
そんな感想なら、ヒステリックに怒ることもない。
七雲: 私は無農薬信者ではありません。
でも、無農薬信者を責めることもしません。
それは自分に余裕と自信があるからです。
ですが、安全論者さん達には、そういう余裕が感じられません。
いつもカリカリしてらっしゃいます。
これはとても不思議なことです。
だって安全なら、カリカリする必要はないんですから。
危険を騒ぐ連中なんか、余裕を持って放っておけばいいんです。
緑子: んで、最初の結論に戻るわけじゃ。
本心では放射能は安全ではないと思ってるからこそ、
(1)言わない
(2)聞きたくない
(3)言ってる人を黙らせたい
…となる。
七雲: 愚痴ばっかり言っててもしかたないんで、
じゃあどうすればいいのか、というのを次回考えたいと思います。


