15話「死にに行けと言ってるのと同じ」
鬱ノ宮高校の悲劇
第15話「死にに行けと言ってるのと同じ」
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
鳴り響く非常ベル。
煙を吐く化学室を横目に、大人たちも怒鳴りあう。
「漏れ出た汚染水が危険で誰も近づけん?
だから漏れを塞ぎにも行けん?
しかも冷却のため注水も止められん?
…じゃあどうすんだッ!」
またしても堪忍袋の緒が切れたのは民井理事長。
「はあぁ。 二重容器が割れるなんて想定外の事態でして…」
「それはもう聞いた! だからどうすんだという話だッ!」
「…今後の教訓に活かしたいと…」
逃田は逃電の面目躍如、ここぞとばかりに逃げにはいる。
民井が爆発する。
「今後だとぉ! 今失敗したら滅亡だ! 次は無ぇんだよッ!
廃炉がイヤだ と言ってベントも海水注入も遅らせたのはお前だろッ!
つべこべ言わず責任取らんかあぁぁぁあッ!」
「…え。ええ。ええと。
なな何ヶ月か…1年くらいして
放射線が下火になったら…」
「なんだとッ! このまま何ヶ月も何年も
放射能と汚染水を出し続けるつもりか!
その間に容器の破損がもっと進んだらどうする!
今でさえ近づけないのに、さらに近づけなくなるんだぞ!」
素人の民井が言うのは正論である。
逃田の理屈は、穴が開いてる限り近づきませんよ、
と言ってるのに等しい。
つまり理論的には もはや収束計画は破綻しているのだ。
もちろん、その間に世界の安全はどんどん後退していく。
「臨界してないだけでチェルノブ○リをはるかに超える放射性物質がある。
そう言ったのはお前だぞ!」
「…そりゃそうですけどぉ~」
「………」
民井理事長はしばらく怒りを抑えるように黙っていたが、
やがて断固とした口調で言い放った。
「…今お前が穴を塞ぎに行け、 逃田」
「ええっ! 拒否しますぅ、理事長ォ~
それは死にに行けと言ってるのと同じですぅ~」
「だからそう言ってんだよッ!
お前のほかに誰が行くってんだ!
責任とれっつってんだよッ」
「理事長にそんな命令権はありましぇん~!」
「テメェ想定外って言っときゃ
何でも許されると思ったら大間違いだぁッ!
今まで何十年も絶対安全だとホザいていながら
この後に及んでぇぇッ!」
「お、落ち着いてください、兄さん!
生徒が見てます!」
弟の民井教頭が慌てて兄をなだめる。
ジリリリリリリリリリリリ
非常ベルは鳴りっ放し。
生徒も教職員も校庭で右往左往している。
滅多に部室の外に出ない緑子も、この時ばかりは校庭にいた。
理事長と化学顧問の怒鳴り合いのすぐ横に佇んでいたが、
ため息をひとつ吐くとポツリと言った。
「仕方がない。私が行こう」
「えっ? 大丈夫なの?緑子ちゃん。
不死だから平気なの?」
七雲がベルに負けないよう大声で尋ねる。
「平気…ではないな。私が老化しないのは、
遺伝子の複製が決して劣化しないからだ。
放射線による遺伝子レベルの破壊に対しては
人間と同じように無力じゃ」
「え。それって…」
「貴様らと同じ。 死まであるということじゃ」
「そんな…何も死ななくたって」
「七雲、事の重大性を理解しておらんようじゃな。
今、我々は鬱高史のみならず、
世界中の世界史に未来永劫掲載され続ける であろう、
未曽有の事態に直面している。
全てが終わった時に、
地球環境は大損害を受けましたが作業員は全員無事でした、
というのでは世界に申し訳が立たん」
「……」
「いいか、七雲。
もはや事態がここまで悪化すると、
収束しても収束しなくても死人が出る。
究極の選択じゃが、貴様ならどっちを選ぶ?」
「…え」
「…だったら 収束するために犠牲者が出たほうがいいに決まっておる。
収束できずに将来子供が犠牲になるよりは いくぶんマシじゃ」
「そ、そうかもしれないけど…」
「今は命を賭けるべき時。
それが、こんなものをこんなふうに造った鬱高の責任じゃ。
逃田も化学部もやらん、というのであれば別の誰かがやるしかなかろう。
なにガンの発症率が多少上がるだけで、死ぬとは限らん。
これに関しては原発賛成派のお墨付きじゃ」
緑子は痛烈な皮肉を言う。
「緑子ちゃん…」
「私はこの手の茶番劇は2000年来もう見飽きた。
生き飽きてもいるし、よい機会じゃ」
(おまけ)鬱高とNIPPON
七雲: 今日本が「安全」だと言っている基準は、
世界標準の何十倍、ものによっては何百倍もの値です。
しかも上限20ミリシーベルトを
さらに100ミリに引き上げる準備すら始まっているようです。
緑子: 皆見ないよう聞かないよう知覚を塞いでおるが、
今この瞬間も放射能は漏れ続けている。
しかも…最良のケースでさえ、
あと何ヶ月も漏出は止まらんと東電自身が言っておる。
蓄積される放射能量は今が最高ではないのじゃ。
七雲: 東京までも避難地区になるのを避けるため、
やむをえず逆算で安全基準を引き上げている、
とネットなどでは言われています。
緑子: 今回の原発事故では政府や原発容認派の安全情報より、
ネットの悲観的情報のほうが常に正しかったからのう。
皆もっと自分の身は自分で守ったほうが良いと思うぞ?


