12話「最も希望的な観測を並べるだけ」
鬱ノ宮高校の悲劇
第12話「最も希望的な観測を並べるだけ」
事故発生後、数日が経過した。
理事長室に男が2人。
そのうちの背の低いほう、民井幸教頭が言う。
「兄さん。 逃田が放射線量の高さを理由に、撤退を打診してきたんですが…」
「ふざけるなッ」
背の高いほう、
民井完理事長が例によって短気を炸裂させる。
「こんな危険なモノを造ったのは全部右田と逃田の仕業だぞ!
我々は長年それに反対してきたんだ!
どうして尻拭いをせねばならん!
一から十まで逃田と右田にやらせろッ!」
「…お、落ち着いてください、兄さん」
弟は慌てて短気な兄をなだめる。
「わかりました。引き続き逃田と化学部にやらせます。
…いいですか、次の議題です」
「明日の朝礼なんですが。
いつも通りヤバそうな数字は伏せて、
最も希望的な観測を並べるだけ、ということでよろしいですね?」
「…ふう。 ……仕方ないだろう。
事実をそのまま発表すると、
生徒どもがパニックを起こしかねないからな」
生徒会活動から叩き上げて今の理事長ポストをつかんだ完だが、
その目線は生徒からかなり遊離してしまっている。
「それから…
水素爆発による大量の放射性物質の飛散。
燃料棒全量のメルトダウン。
二重容器の破損による高濃度汚染水の流出。
…この3つをどうしましょうか」
「どどど!どうしましょうかって!
どれも致命的な事態じゃないか!
3つとも右田と逃田が
『決して起こり得ないから安心してください』
と何十年も言い続けてきた事なんだぞ?
それを我々がやっぱダメでしたスミマセンと言わにゃならんのか?」
「 やっぱまずいですよね。 ……
では1~2ヶ月して、ほとぼりが冷めた頃にそろっと発表しましょうか?」
「……むむう。…そうしてくれ…」
「…それから、既に設定済みの避難区域の北西に、
新たな危険箇所が見つかった件なんですが」
「ああ。 あのIAEAが早々に指摘したホットスポットか。
あれはお前が問題ないと一度突っぱねたではないか」
痛いところを突かれて、
幸は頭をかいた。
「それが…やっぱり危険だったんで…
このままでは避難区域の拡大もやむを得ないかと…」
「馬鹿者。
それでは我々の落ち度を認めたことになるぞ!」
「……え、あ。はい。
…それでは。…別の用語で新たな避難区域の名称を
ひねり出すというのはどうでしょう?」
「うん。似たような名称が増えるだけだが…まあ名案だな。
まったく。糊塗に糊塗を重ねるから事態がどんどんややこしくなる」
「あ、それから」
「まだあるのか!」
民井理事長は短気を必死に抑えて弟の言葉を待つ。
「ネット上で我々指導部の発表を大本営発表などと揶揄する、
不逞の輩が後を絶たないのですが」
「何だと。冗談じゃないぞ。
そんな奴らは権力で取り締まるのもやむをえんだろう」
とても市民運動家出身とは思えない決断を、理事長は簡単に下した。
「…わかりました。
ネット上の言論を、監視処罰できる校則を通しましょう」
弟の幸が書類の束を抱えて出て行くと、
理事長室には完だけが一人残った。
「…ふふふ」
机に突っ伏せると頭をかかえ、自嘲気味につぶやいた。
「……これじゃあ…
長年批判してきた右田と何も変わらんじゃないか」
「俺はいったい何のために………何十年もあがいて来たんだろう」
民井完の横顔が急速に老け込んだようだった。
のちに理事長権限で原発を一箇所だけ一時停止させることに成功する。
数的に言えば焼けウランに水、だったが。
民井兄弟の兄のほう。
着任したばかりの鬱ノ宮高校理事長。
気は短く、かつ意外に弱い。
左右双方の顔を立てたあげく左右双方の不興を買う、
という最悪のスパイラルに陥っている。
ただ、原発一基の停止だけは評価されている。
民井幸 (たみい ゆき)
弟のほう。教頭で広報担当。
2011年ベストジャンパーニスト
と言ってもよい着こなしぶり。
寝ないでよく喋るが、内容はうすく伝聞が主。
落ち着いた美声の持ち主で、
口癖は「落ち着いて行動してください」



