3話「基準値を上回るものの」
鬱ノ宮高校の悲劇
第3話「基準値を上回るものの」
地震から5日目の朝礼。
毎朝、教頭の民井弟が日課の報告を行う。
黒地に白字で「鬱」と抜いてある校旗に深々と一礼すると、
小太りの体躯が壇上をトコトコ駆け上がった。
地震以来、
ブルーのジャンパーを着たまんまだ。
生徒たちは秘かに
青いカピバラと呼んでいる。
「え 昨日、
化学室で測定されました数値は基準値を上回るものの」
童顔に似合わず艶のある美声がマイク越しに響く。
「…直ちに重大な事態を想起させるものではなく、
皆様におかれましては落ち着いた行動をとられますよう
重ねてお願い申し上げます」
壇の下にはクラス毎に整列した生徒たち。
その中にひとり、赤毛の髪の少女。
なぜだか小鳥を一羽、肩にとまらせている。
鬱高新聞部の部長、
2年生の小沢七雲だ。
下の名は「ななくも」ではなく、「なぐも」と読む。
その灰色の小鳥は目をパチクリさせると、
七雲の耳に口ばしを寄せて囁いた。
「ちょっと危ないけど我慢しろってさ」
ウソという野鳥だがそんじょそこらの鳥ではない。
人語を解し、しかも要約簡便化して主に伝える神鳥なのだ。
「ふうん。なるへそ」
七雲が小声で応える。
「…まったく。
とてもそうは聞こえなかったよ。
サンキュね、中条」
小鳥には中条というペットらしくない名がつけられているらしい。
教頭の美声は続く。
「なお二重隔壁内部の燃料棒の露出を防ぐべく、
注水作業を実施中でありますが、
現段階において完全に成功したという報告は受けておりません」
中条は再び囁く。
「器が割れてるかもしんないってさ」
「げ。そんなに危険なことを言ってるの?
こんなにサラッと?」
七雲は顔を曇らせた。
まわりの生徒には
教頭の言葉の真の意味は伝わっていないらしく、
特に動揺は見られない。
民井が一通り喋り終わると言った。
「何か質問は?」
「はい」
七雲が手を挙げた。
ここは鬱ノ宮高校新聞部部長として、
生徒を代表して聞いておかねばならない。
「あ、あのー。聞いてると
何日も全然進んでないみたいなんですけど!」
「……いや。 だから線量が」
「だったら単純にもっと人数増やしちゃいましょうよ!
例えば一気に20倍増とか!」
「……」
「きちんと交代制にして!
安全圏から送迎して!
24時間体制にして!
…それって可能ですよね?」
「…ええと。何が可能で何が可能でないか、
今後の作業の推移を見極めつつ、
専門家の意見をお伺いしながら判断していきたいと思います」
中条がすかさず翻訳する。
「素人は黙ってろ」
「………」
七雲は黙った。
民井が間髪を入れず宣言する。
「では以上で終わります」
朝礼は散会となった。
七雲もプーッと頬を膨らませた顔でその場をあとにする。
だが。
容器はやはり下部が破損していたのだった。
こうして貴重な時間はみすみす流れていくことになる。
ごく初期にチェルノブ○リの関係者が言ってたこと。
「少なくとも作業員5000人は必要だ」
小沢 七雲
(おざわ なぐも)
本編の主人公。
鬱ノ宮高校2年生。
3年生が卒業した直後の3月なので、
実質最高学年である。
新聞部部長。
部員は全部で2名しかいない。
明るく素直で行動力はあるが、知性は普通程度。
いつも肩にとまってるのは野鳥のウソ。
人語を解する神鳥で、他人の発する難しい表現を
七雲にもわかるよう簡略に言い直してくれる。
ただし外来語が一語でも含まれているとフリーズする(笑)
このブログは原発に反対する立場から書いた、
ライトノベルもどきの短文小説です。
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