1996年2月12日全日本女子プロレス後楽園ホール | 佐藤淳一レフェリーブログ “きれいな水で泳ぐも人生。 汚れた水で泳ぐも人生。”

佐藤淳一レフェリーブログ “きれいな水で泳ぐも人生。 汚れた水で泳ぐも人生。”

2017年11月23日にプロレスレフェリーを引退しました。
現役時代は、沢山の方に支えられ、そして応援していただきありがとうございました。

2月23日FMW後楽園ホール大会へ観戦に行く前に、全日本女子プロレス後楽園ホール大会に観戦に行きます。

教育実習生の先生(李由紀似の女性)と事前に、
目黒にある全日本女子プロレスの事務所に
前売り券を購入しに出掛けます。

目黒駅から坂を下り、全日本女子プロレスの事務所の建物に到着しました。

1階は道場になっており、全女末期には
ガレージマッチとして試合をしていました。

階段を上り、2Fの事務所でチケットを購入しました。

対応していただいた方は多田さんだと記憶しています。チケット代(6000円)は先生が高校合格祝いでプレゼントしていただきました。

事務所を出て階段を下りると一人の女子プロレスラーとすれ違います。

先生より小さな身体でしたが、
体操をバックボーンに空中技で人気を博していた
チャパリータASARI選手でした。

中学3年生の淳一少年は近くで生で見た可愛らしいASARI選手に目が釘付けでした。


写真は別の機会に撮っていただいたものです。
(本当に可愛いかったです!!)

その後、何度か巡業に出発する選手を見送りに
全女の事務所に行ったことがあります。

毎回10人~20人くらいの熱心なファンの方が見送りに来ていたと思います。


当日の対戦カードです。

初めて訪れる後楽園ホール。

後日、FMW後楽園ホールで初めて横断幕を出すにあたり、全女の熱心なファンの方に
階段の整列ルールやバルコニーで横断幕を張る位置などを教えていただきました。

ファンの方「誰の横断幕をかけるの?」

淳一「リッキー・フジ選手です!!」

鼻で笑われたのを覚えています。

淳一少年のお目当て
長谷川咲恵選手はセミファイナルで
バイソン木村選手と対戦。

3月31日横浜アリーナの引退試合を観に行きたかったですが、前日30日のFMW後楽園大会後に家族でスキーに出掛けましたので淳一少年にとってはこの日がラストファイトでした。

後楽園ホールの下見を終え、2.23FMW後楽園大会へ!!