自分の父親を見ていて、ふと気づいたことがある。例えば、若い頃と違い人に道を聞くことが恥ずかしくなくなっていくらしい・・そんな姿である。今、自分も追体験している。例えば、スマホやLINEの操作などの手順だ。要するに、半ば諦めてしまう訳なのだろう。現代人は、しばしば馬車からスペースシャトルまで一生の間に経験していると言う。さすがに、私は(観光用は別として)現役の馬車を知らないが、リヤカーくらいなら現役で知っている。一生のスパンという時間軸の中での変化は、ハンパではない。
加えて私自身、移民しようとした過去もある。もう一度、老後に住む国を変える可能性だって否定できない。そのような時空間の意識で生きていることが、老化に伴う「恥」の感覚をいっそう、麻痺させていく。時代と国が変われば、些細な判断基準など変わることを知っているからだ。私は、こうして知らないうちに自分を正直に「曝け出す」ことが自分自身でも苦痛に感じなくなって行ったのだと思う。苦しいモノは苦しい。楽しいモノは楽しい。おかしいコトはおかしい。良いコトは良い・・なのだ。文句あるか?
彼女は定量的なデータを重んじる伝統的な学術研究とは異なり、社会の現実を直視するソーシャルワークを実践し、個々の事例を取り組む中で新しい発見をしようという研究スタイル(質的研究と呼ぶ)であったから、その苦労は並大抵ではなかったと思う。しかし、彼女の中で次々と新しい気づきがあっただろうコトは、私自身、コト、教育面では同じスタイルを採っているから容易に想像がつく。ちまちまとした定量データを収集して、有意差を議論しながら、僅かな結論を導く研究より、半ば朽ち果てたかのように見える一人の生身の生徒が、息を吹き返して、元気になって天井知らずの成長を見せて行く姿を、遠くから眺めるコトの方がどれだけ人生、意気に感じるか知れない。
理学の博士ですから、自分で研究も生徒の指導(厳密には、伴走が理想)もしますよ。でも、もう研究のための研究はお断り・・です。それは、卒業しました。極々、例外を除けば、ちっぽけな世界だと感じたからです。「研究」活動を通じ、新しい「教育」活動のあり方として生徒を元気にさせていくこと。それが、今の私の任務であり、自分が到達した新境地だと感じています(竹内)。
追記:
自分を曝け出して生きるようにした後、顕著な変化が現れました。人から信頼されるのか、秘密を打ち明けられるケースが増えたのです。具体的に書くのは支障があるので、一つの例を記しておきます。こんな感じですね:「先生、実はボク、バルタン星人だったんです。」 えっ?
❏日本は生きづらい国? 海外移住したら生きにくい理由は「自分」だった
日本を飛び出し、ネパールへ渡り、自分を取り戻した日本人のブログ記事に共感できましたので、紹介しておきます。
