❏ 寓話『うさぎとかめ』の常識と非常識

日本人であれば、日本昔話でも採り上げられた『うさぎとかめ』の競争する逸話は誰でも幼少の頃から聞かされて育ったことであろう。どうやら起原は、『イソップ物語』辺りにあるらしいのだが、似たようなテーマを扱ったストーリーは複数、存在しているようである。

 

    ↑ 『うさぎとかめ』の挿絵(Gutenberg計画;著作権失効済)

 

1970年代、私の高校時代、電撃的に日中が国交回復した。その時に伝わってきた中国人の考え方を耳にして、私は驚くと同時に自らの不明を恥じた覚えがある。当時の中国人の子は日本人の知っている『うさぎとかめ』の物語に対し、異なる反応を示したからである。その骨子は、「なぜかめは寝込んでいるうさぎを起こして、一緒にゴールしなかったのか?」なのである。中国が「共産主義の国だから・・」と一刀両断に切るのは容易い。が、それだけであろうか? なぜならば私は共産主義の思想に触れないまま、当時と異なり、今の私はかつてのような違和感を生じさせた束縛感からは「解放されている」からである。

 

❏ なぜ『学び合い』がゴールなのか?

何が「束縛感」となって私を縛りつけてきたのか? それは、他者(親や教師)から与えられた(示唆された)固定観念であっただろうと思う。とても自らの手で発見したり、発明してきたとは思えない。子供心に「競争行為が当然と思うことが正しい」と唆されて育ったような気がする。その理由は、恐らくは「管理し易い」からであろう。私は53歳で高専の教壇に立ち、定期試験の問題を慣例に倣い、作る際に、疑問を感じた。つまり各中学校でオール5か、それに近い成績の生徒を集めて、共食いさせた挙句、100点満点から0点に至る数直線の上に適度に成績を分布させる、まるで化学分析のクロマトグラフィーでも強いられるように感じたものだ。入学時に近接していた得点分布標本をバラつかせることが、教員の使命であった。

 

ハッキリと言わせて貰えば、この行為は120%洗脳以外の何モノでもなく、私以外の教員は誰もが疑いなくこれを正しいと信じて疑わなかったと思う。誰もが自分たちがしている成績をつける行為が正当で意義があると堅く信じているように思い込まされた世界に住む住人なのだと実感した。あるいは疑義があっても、動いている乗り物から降りることなど到底、できなかったのかも知れない(これも、同僚の行為を最大限に好意的に解釈した場合の釈明である)。しかし、私は教授という職位、分野代表(学科長)に国際交流室長の地位を投げ捨ててきた。これが、私一人の、今の時代を生きていく人間としての想いである。だから、通ったルートは全く別だが、私も『学び合い』の正当性を理解し、人数が揃わない今のパイロット校では、個別指導することで生徒の持ち味を活かし、才能をブーストさせることを心がけている(竹内)。

 

追記:西川純教授(上越教育大学)や私が、なぜ競争原理を捨てられたか・・というカギは、恐らく(ルートが異なるので当たってないかも知れないが・・)個人としてやれるだけのことはやった・・という想いが背景にあるのだろうと思う。否、厳密に言うならば、不十分かも知れない。が、私は人を見て応援して差しあげたくは願うが、人に嫉妬する気持ちをなくなっている自分に気づいた。今なら解かる。人は競争することが成長の秘訣ではない。自分に悔いることなく生き、人を応援してあげたくなることがゴールなのだと思う。それは、マラソンを完走する感覚に近いのかも知れない。でも、ちょって待って下さいね、神さま。私はまだ完走していませんし、すべきことをやり残しています。もう少しだけ時間と権限を恵んで下さい。