❏ 多元性な知能ポテンシャル
情報化社会を迎え、人も社会も均質化してくると思いきや、どうもそうでもないように教育現場にいて感じる。例えば、近年、発達(学習)障害とされる生徒の比率が明らかに高まってきていると思う。昔と比べたら、明らかにストレス要因は増える一途であろう。環境汚染物質や食品添加物などの数も増えはしても減ることはない。化学物質だけでなく、電磁波や放射線、低周波振動など物理的な影響も加算される一方である。これらの影響は複合化して、予測不可能な影響を人体に及ぼしていくに違いない。しかし、未来を繋いでいく希望の子孫が生まれてくる可能性も期待できる。知性でダメなら偶然しか期待できない。
だからどんな属性が人類の生き残りのカギになるのか、誰も知らない。鎌状赤血球の遺伝子を引き継ぐ者が貧血に悩まされてもマラリヤ禍から逃れるように(ヘテロ型保因者ならば生存)。それを大学入試選抜を初めとする日本の学校教育は、単一の基準で人を選別してきた結果、日本人社会の知性が「近親交配」してきたのだ。それが今日に見る日本社会の惨状なのであろう。だから官民を問わず、劣化が進んで来た理由を説明してくれる。正直に言えば、日本人はスーパーマンでも登場することを、密かに願っているのではなかろうか? 大切な救世主候補者らを取りこぼしてきた結果に違いない。仮に日本でスティーブ・ジョブズ(a Steve Jobs)が生まれていたとしても、育たなかった公算が大であると、私は思う。動・植物を育てていると、生き残る方が如何に一部に過ぎない「奇跡」なのかを実感する。
↑ 多元的知性のプロファイル
❏ 唯一の解決策がコンポジット化すること
バラつく標本からサンプリングして平均像を得る手法の一つが、いくつかの場所や時間に分取したサンプルを適宜、混ぜ合わせることである。こうすると、どれか判らなくてもどれかが活きてくる可能性が期待できる。これを一律化したら、それこそ"all or nothing"なのだ。日本の大学入試は、まさに国家的な博打をしてきたワケである。受験生から見たら人権無視な選抜をされてきたことになる。40年間以上も続ければ、世代を跨いで過ちが定着していく。例えば、日本の英語教育は日本仕様の英語教師を「再生産」してきたから世界一、英語が使えない国民が出現した。"純系"を作り出す社会実験が行われてきたのだ。
予備校も同じである。大学受験指導は、率直に言えば、大学受験の指導者(予備校講師)を多数、養成し、予備校以外の各分野に行き渡らせてきたワケだ。官公庁にも企業にも、予備校講師候補者を育成する教育を施し、人材を"転用"してきた。だから「受験勉強しか知らない。」と口にする教授が存在した理由が納得できる。一方で、世界へ飛び出し大活躍した日本人も多数出た。しかし、どのような分野であろうか? 野球、サッカーに始まり音楽やアニメと続く・・そう、受験勉強の影響を受け難い分野でなら日本人は大活躍してきたではないか? してみると、やはり一元的な学校教育は「管理」者に都合良かっただけで、人を育てるという点では弊害が大きかったのは明白。だとすると、今後の展開も読める(竹内)。
