❏高校以降の教育で失われたモノ
中学校の先生、特に校長先生の嘆きを前任地の広島で聞いたことがあります。「せっかく育てあげた生徒たちなのに、進学先でダメにされてしまう。」確かに、私も高専でイベントで中学生が来た時、あるいは進学して間もない新入生に接触した直後、彼らがキチンとした教育を受けてきた証拠を感じ取ることができたのは事実です。

しかし、それもそれ以降の「成績至上主義」の前にかき消されていくのです。実社会が必ずしも成績至上主義とは言えないにも拘わらず・・です。仮に営業「成績」というような業績評価があるとしても、「騙して」ニセモノの成功をし続けられるのも期間限定です。直ぐに馬脚を現すものです。見掛け倒しの業績などは永続しません。

❏世界が驚いた「掃除当番」と「給食当番」
OECDの教育評価団が日本の教育で注目し、「え? 日本って、そんなことやっているの?」と驚いたことの中には、中学校までは日本社会で半ば常識化している掃除当番と給食当番があります。意外に聞こえる人があるかも知れませんが、私もタイや英国で生活することを経験してきたので確かだと明言できます。これこそが他国にはない、日本固有の強みでした。

バンコクのコンドミニアム(日本で言うマンション)には、必ずメイド部屋がありました。窓もない身体を横たえるだけのスペースもない空間です。子どもたちはメイド部屋を見てショックに慄き、私たちはスクンビットという日本人街でなく東京で言えば浅草に近い土地にキリスト教徒のアパートメントを見つけ、そこに住みました。家賃は半額で、余った経費はJICAに返納です。私たちのやり方を敬遠する日本人も居ましたが、現地雇用された日本人(多くはタイ人と結婚した日本人)からは支持されました。日本人社会から離れましたが、インターナショナルスクールの校長をはじめとする多国籍社会で暮らしてきました。それがあって、英国移民へと繋がったのです。

❏奉仕精神こそグローバルスタンダード
私が英国から帰国し、高専に採用となり生じた縁にロータリークラブがありました。国際交流室長として同クラブから支援を受け、中国・大連大学と学生交流の協定締結を持ち掛けられ、部活としてのインターアクトクラブ顧問教員の一人に就任したからです。福祉施設での車椅子清掃とか街頭募金とか正直、若い頃から研究をしたい、論文を書きたい・・という自分の生き方とは縁のない別世界でした。しかし、その奉仕活動をお金に不自由のない自ら会社を起こして経営するオーナー社長らが集っていたのです。

しかも、ロータリークラブの活動は世界的な規模であり、全て「国際ロータリー」の理念の下、人間の生き方として理想を追究しようとする姿勢が感じられます。それに比べ、学校教育の、特に受験競争の「あさましさ」と言ったら、どこに教育の片鱗があるのかと疑わしく思われます。私は、高邁な精神が浅はかな欲得の前に負けてはならじと、自らを強く奮い立たせております(竹内)。

追伸:今日、生徒と理科室の床掃除を行いました。生徒に陰徳を積ませるため・・でしたが、そこはスーパーサイエンスコースのこと、さながら科学の「実験教室」になってしまったのです。う~ん、仕方ないのかな(絶句)。でも、人は皆、時の旅人。過去を背負い、未来を生きていく。お互いを尊重していきたい。


  ↑JR「呉」駅前での募金活動
  
右手前に、3年前の自分がいた