❏現実的には、学校は「生きる力」を削いでいる
いつ頃からこうなってしまったのか、調べた方がいい。恐らく1970年代の偏差値導入後、徐々に人心が蝕まれて行ったのだろうが、私が2000年に英国へ渡った頃、まだ日本には海外へ出ようという若者がいたのを覚えている。留学のためTOEFLに挑戦する日本人は、少なからず居たという印象が残る。当時は、まだ夢を見ては夢を追おうとした若者はいたように思う。

記憶を辿ると、1993-94に私は一度、英国へ渡っているが、その間にバブルが崩壊した(冷夏で米作の不作でタイ米を緊急輸入したと聞いた)。それ以前は、今では嘘のようだが「一億中流意識」が蔓延し、「女子大生」や「OL」が席巻していた頃で、今の「JK(女子高生)」への系譜となるのだろう。このままでは、いつ女性の路上生活者が現れてもおかしくない。


 ↑東京・芝浦にあったディスコの狂乱

❏日本にいなかった間に起こったことを検証
そうすると、私が英国に在住中に何らかの変化があったのかも知れない。気になるのは、落合信彦氏が「勝ち組」とか「負け組」とか言う言葉を乱発していたことが気になった(ネットを介してだが)。あと時折、一時帰国で日本に行くと、電車内で皆、一斉に携帯電話(パカッと開くタイプ)を操作している光景が異様に映った。その頃『ケータイを持ったサル』(正高信男、2003年)や『考えない人』(同、2005年)が刊行されていたのは知っていた。各々、"「人間らしさ」の崩壊"、"ケータイ依存で退化した日本人"と副題にあり、いずれも携帯電話を「暇つぶしに生きる」ような使い方に対し、警鐘を発していた。私はゴッソリと抜け落ちた日本での生活であり、現在、アマゾンのサイトで過去を確認をしている。「客観的な裏づけがない」などとして読者からの評判は好ましくない。しかし、京大霊長類研究所の教授が察した当時の彗眼は、予見的だったのかも知れないと感じる。

実際、ビル・ゲイツや故スティーブ・ジョブズは、自分の子供たちに携帯の使用を禁じたと言われている。恐らくゲーム類も同じであろう。私の周囲をザッと見渡してもゲームやスマホを禁じていた家庭の子の方が安定した性格を持っている傾向がある。特に、日本人は握手や抱擁やキスなど、身体接触が乏しい風習の中で生活している(オリンピックの表彰台に立っても、日本人には別扱いされているのを感じる)。恐らく幼少時の添い寝や"おんぶ"の習慣で補填されてしまってバランスが取れてしまっているからなのだろうが、成人してからは私の知る限り(移動中の車両中で見る限り)他国よりも日本人は"逃げ場"として"ケータイ依存"に陥りやすいように感じられる。ケータイ以前には、列車内の光景は週刊漫画雑誌であった。要するに、日本人は間が持たなくなると、時間を持て余してしまうメンタリティを持つ。実際に、「暇だから学校に来る。」とか「暇つぶしに問題練習する。」という高校生が少なからずいる。

❏リアリティのない、"他人事"社会
ちょっと考えてみれば、人間が今のような暮らしができるようになったのは、そう昔のことではない。否、今でも生きることに精一杯の国だってある。従属栄養生物である人間が生存していくためには相応の、水や大気、食糧が必要不可欠で、その多くを相手を殺傷したり収穫して生命を繋いでいく。しかし、そういう実感もないのだろう。刀をもって「斬り捨て御免!」と切られたことも、最愛の人や父母を残し特攻した人のことも、爆弾や原爆を投下された人々のことも皆、遠い国の、銀河系の果てで起こった出来事のようにしか、投映できないのなのかも知れない。遺体を晒す習慣のないこの国では駅で流れる人身事故のアナウンスも、車両故障の程度にしか響いていないのではあるまいか? これでは「人でなし」で即刻、人間失格だ。

東日本大震災で世界から日本のマナーが良いと絶賛を浴びた。私は違うと感じた。誤解を恐れずに言うならば、要するに悪事を働く元気すらないのだ。「敵でないだけの友だち」という表現があるが、高校生たちを見ていると単なる避難所で一時避難して暮らしているだけに見える。つまり本来、何をしたいのか全く意識(視野の中)に入れていない。何もかも諦めてしまったのか、JRの車両の座席にタブレット端末が放置されていても、誰も見て見ぬ振りをしている。失くした物品が出てくる国柄ではあるが、消極的な意味で「盗まれない」のが事実ではないだろうか?

❏社会の階層がコッソリと入れ替わっていた
東大総長は「奨学金があるから貧乏人でも東大に入れる。」と強調している。しかし、理論的に可能なのと現実論とは異なるのが普通だ。むしろ誤魔化す側に加担していると思う。私が思い出せる限りのことを記しておこう。私は大学(学部)時代(1970年代後半)、国立の試験研究機関に出入りさせて貰っていた。その時に驚いたことがある。研究室の室員の大半は皆、東大をはじめとして旧帝国大学かそれに準じた旧高等師範学校(筑波大、広島大)などを出ていたが、誰もが当たり前のように共産党の機関紙『赤旗』の購読者であった。今となっては信じられないであろうが、本当のコトだから克明にここに記しておこう。

逆に、私立大学に行くのは日大をはじめとしてボンボンばかりであった。早稲田と慶応の関係だって今と真逆で、早稲田の方が貧乏人のバンカラが多かったはずだ。それが今ではスッカリ逆転し、東大は高所得者層の子弟が行く学校、慶応が早稲田をゆうに卓越するようになって行った。第一、国公立と私立の学費の差は、(医学部などを除くと)昔ほど大きくなくなってしまった問題は、昔なら良い教育を受けられたはずの階層が、今では諦めなければならなくなりつつあり、無理に官公庁や大企業に入っても、以前のようなホンモノのエリートではなく受験秀才のようなエリートが上に立つ組織では最早、回らなくなってきた。これが、日本の組織が総崩れしてきたカラクリである。一見、努力さえすれば誰もが上の学校へ進める社会は公平そうであるが、お金を投じて我慢すれば椅子が確保できる偽エリートと、次世代に責任を持つ「高邁な心根」を抱くリーダとは似て非なる人種である。いかにしてズル賢くも誇りのない人種が日本の上層部を占拠していったのかを一度、熟考してみる必要があるだろう。そして、どのように思考力を奪われていったのか気づくべきであろう(竹内)。