❏多言語修得者の来校
数ヶ月前、Facebook上に知った外国人が浮上してきた。私が前任校で国際交流室長を務めていた時のカウンターパート(ハワイ大学分校に付属した語学教室のコーディネータ)である。彼の持ち味はEFL英語教授経験を持つ教員であるだけでなく、彼が欧州、米国、南米、アフリカ大陸を転々としてきたことから類まれな多言語修得者である点にある。信じ難いことに日本語を7番目の外国語として彼は学習中だそうだ。日本語は、かなり他の言語と性質を異にするので難儀なのは想像に難くない。が、言語距離が離れた言語を習得することは、異文化に触れることも含めて、見識の拡大や感性の強化に大きくプラスになることだろう。彼には十分な素養を感じる。

9月に来日したそうだが、もし事前に相談されていたら、私は彼の行動を止めたかも知れない。彼もそれは重々承知の上で、強行したような気がする。私は前職時代から日本の英語教育の問題点は繰り返し英文で書き記しては意見表明をしてきた。だから彼の覚悟の上だったことは理解できる。加えて、米国の教育機関の就労環境や福利厚生も決して彼には納得できる水準ではなかったようなのだ。


↑大阪校の理科室に現れたペドロと

❏時代の変わり目を感じられたこの1年
2年前、私は同僚教員1名と一緒に高専生20余名を連れてマウイ島へ行った。日本で受けられる日本式の英語教育とは全く異なる世界があることを1人も多くの日本人の若者に知って貰いたかったからだ。初年度の試みは成功した。実際、休学して現地で英語を学びたいという学生まで出てきたのだ。昨年は、初トライアルとして大阪校の高校生を1名、現地で短期研修に受け入れて貰う試みもした。ほぼ1年前の出来事である。それがよもや1年後、その受け入れた側の教員が今は日本にいるなんて、まるで夢の中での出来事のように感じられる。

日本も世界も、過去20~30年もの間、比較的安定してきた。その動きそうもない国情に苛つき、私はかつて英国移民を志した。そして経験を積み、力を蓄えて日本へ永久帰国することを決意してきた。それは予期せず全く不思議な感覚であったが、「生まれた国に対する責任」を突如として自覚したからでもあった。広島時代は私の裁量権があっても(国立の学校だったため)国家の枠組みの中で制限されていた。大阪でも権限は付与されているわけではないが、職務上の判断は会社と顧客の利益を損なわない範囲なら、自ら起こして行動ができる。前進には違いない。

❏英語はコミュニケーション(意思疎通)の媒体
そう。特に、今年に入ってから(それ以前に助走していたのだろうが・・)急激に時代の流れが変わった気がする。過去20~30年もの間、安定してテコでも動かなかった日本と世界がゆっくりと巨大な岩が動き始めるように動き始めてきたことを実感している。今回のペドロの決断も彼の直感がそうさせてきたのではないかと感じられる向きがあった。何しろ東日本大震災があって、福島原発のような未曾有の人災があって、なおかつ事態は終息していない。いつ次の前回を遥かに上回る規模の大爆発があっても不思議でない状況で、よく来日を決意してくれたものと思う。

今日、ペドロと不自由ながらも英語で気持ちのたけを話してみて、居合わせた3年生の生徒も私が普段、彼女と話しているのと同じ内容の話を英語で相手に伝え、意見交換していたことを把握してくれたようだった。そう。英会話は英語が正確であればあるほど相手に対して親切である。が、一番大事なことは話す内容なのだ。コミュニケーションは話したい内容や想いがあってこそ成り立つ。日本の英語教育は、それを助けるどころか「教科」として邪魔しているだけなのだ。果たしてペドロには、私以外どれだけ周囲に今日、交わした話を共有できる仲間がいるのだろうか? 彼の参戦は間違いなく力となることだろう。 

❏新年から着手するディクテーション
私は一旦、自分の英語のアップグレードは不要だと判断した。その分、中国語に振り向けようと考えたのだ。しかし、ペドロが参戦してくれたことで、私自身、再び英語のアップグレードに力を注ごうという気になった。まだ、私には取り組んでいない英語学習の方策がある。それは効果があると知ってはいたものの、時間が掛かるため採用を控えていた。英語情報を耳で聞き取り、文字にして起こすディクテーションである。必然的に苦手は音を繰り返し聴くことになるので、理論的にも学習者に固有の弱点を捜し出し、補強していく特効薬になる。年明け早々、サイエンスコースのメニューに取り入れるつもりである。ディクテーションは同時に、文法力や語彙力、表現力のアップに直結する。学校の試験や入試が邪魔くさくて採用できなかったが、年明けから実践しようと決めた。

少しずつであるが、人が集まってきたような気がする。また、取り巻く社会情勢にも変化の兆しが見えてきた。この絶妙なタイミングで選り抜きの人々が自然に集まってきたような気もする。そして、それを担うのは我々のグループだけでなく、複数が同時に進行しようとしている気配を感じている。それで良いのだと思う。今まで我慢していたり、想いを温めてきたような人々が、それぞれの立場でそれぞれのやり方で提案し、行動に移そうとしている静かな鼓動を感じる。機は熟したのだ(竹内)。