❏ポリシーがないと方向性がブレて迷走する
ポリシーを欠くのは想像以上に手痛い。いい加減であるのと同義だし、誤魔化すしか打つ手がない。日本では、そんなスカスカの組織が大半を占めているのだろうと思われる。しかし、ポリシーを掲げるのは意外と簡単明瞭。一つの例は、宮崎アニメの『千と千尋の神隠し』で登場する湯婆婆のセリフに見る。曰く「どうして、こんなこと自分で決めちゃたんだろね。仕事が欲しいという者には仕事を与えるなんて・・」が代表例である。たかがアニメを侮るなかれ、かなり意味深だ。世界的にヒットした作品(金熊賞を受賞)では、クリエーターたる者「私が作ったのではない。作品の方が勝手に私の中へ"宇宙"から降りてきたのだ。」と、そのような文言を不思議と異口同音に口にするものである。

タイで行った実験を当時、国際誌Water Research誌へ投稿したところリージョナルな編集権を持っていた日本国内の編集委員会からむげに却下されたことがあった。同じ原稿を英国の王立協会誌(CIWM)に投稿したところ難なく審査で受理され、印刷・公表された。それは当時、その雑誌は編集ポリシーとして、「sustainabilityの向上に寄与しない論文は掲載しない」という方針を打ち立てていたからである。対する日本は業界の利権を脅かすような内容(私たちの論文は、タイに大型下水処理場は不適切であることを指摘した)であったからである。日本では、科学的な正当性より利権確保が優先されていた訳なのだ。審査委員長は政府系の委員会でも同席したことのある人物で、却下は私が予め予期していた展開であった。事実関係を確かめるために私は敢えて投稿してみたと言っても過言ではない。実は、随所から審査不適切だとの苦情が英国本部まで寄せられ、それまでの地区ごとの編集制度も撤廃された。科学の媒体言語として英語さえ自由に駆使できれば、閉鎖的な日本の学界におもねる必要など一切なく、良識ある世界の読者へアピールする道が開けている。ご機嫌を伺う「御用聞き」のような学問の世界ならば、いずれ世界から信頼されなくなる。以下は、掲載された論文(要旨のみ無償公開)である:
  Biodegradation of domestic wastewater under the simulated conditions of Thailand

❏エコロジー・マインドを持つ会社とのご縁
スクランブル交差点で見知らぬ人と知り合えないように、出会いたい人物や組織と出会うことは容易なことではない。しかし、狼煙をあげるようにポリシーを明確に打ち出せば、相手からも見えてくる。逆に、ポリシーを掲げない組織など、ただの雑魚(ざこ)でいいと尻込みしているような態度と言える。無論、ポリシーを掲げるには「決意(勇気)」が必要だ。しかし、他社を凌ぐ良い結果を真摯に得ようとするのなら、そしてその差額を社会と社員に還元したいと望むのならば他社と同じことをしていたらタダの「団子」に終わるだろう。弱虫小僧なだけである。間に合わせ程度に、仕事しているフリしているに過ぎない。これでは早晩、先細りとなるより他に道があろうはずもない。「冒険者(Risk takers)であれ!」というのは、国際バカロレア(IB)が掲げる育てる学習者像の一つに数え上げられているのも当然だ。

昨日、小澤昭弥先生と訪問した門真市の輸送会社は日本でも随一のポリシーを掲げ、新しいことに果敢に挑戦している会社であることを知った。社名は「株式会社エコトラック」で、文字通り物流を本業にしつつも環境負荷とコストを削減するため、CNG(天然ガス)のトラックを運行させている。初期投資は別として、圧倒的に排気ガスやばい煙、騒音などの面で有利だと言う。このようなご縁も、同社が淀川・城北ワンドに生息する国の天然記念物イタセンパラを保全する市民運動に賛同し、加盟したことで同社のポリシーを知ったのである。つまり普通なら出会うことのない組織同士でも、狼煙をあげたことで同業他社の群れから「頭一つ、飛び抜けた」訳である。


↑「ECO」を形どったロゴをつけたCNG車
 (CNG: Compressed Natural Gasの略)

❏ポリシーがオリジナリティを育み、ビジネスモデルを生む
"赤ペン先生"で有名な通信添削事業は、受講者が答案を提出する率が異常に低いことを見込んで事業展開しているので「賢い商売」であると通信教育業界で高い評価を受けてきたフシがある。しかし、私はこれを理想のビジネスモデルとするのは大いに問題があるのだ。なぜならば単なる「収益モデル」に過ぎないと思えるから、これからの時代に通用するホンモノであるとは思えない。もっと人心を掴み、動かせるだけのポリシーを掲げて行かなければ成り立たないと考える。

これから先は、私は社会のプラットフォームが変わったと感じている。人を欺くようにして儲けて成功してきた時代は幕を閉じた。これからの時代は、人を納得させ、信頼を勝ち取り、善意で人からの応援を受けるような組織が生き残る時代だと感じている。時代はそこまで切羽詰まっているからだ。ハッキリ言うと、主役を張れるタイプの人間が入れ替わったのだと思う(竹内)。